許すも許さないも


言い争いはピークを迎え、罵倒手前のバーゲンセール。
叫ぶほどでもなく荒げた声は、やり場のなさに霧散する。
平行線を感じて、頭の中の糸が切れた。

「も、いい。俺がいなきゃいいんだろ」

ぎり、と歯軋り。続けざまに零れ出た音はとても冷たい。

「アンタなんか知らない」

目も見ず言い放ち、そのまま横を向いて一歩後ろへ。進みかけたところで手首が捕まった。

「今のなし」
「へ」

立ち去るつもりの勢いごと止められて思わず視線を戻す。
物凄い反射で掴んできた南沢は静かに早口で、されど真剣に言葉を紡ぐ。

「撤回する、全面的に撤回する、待て」
「や、あの」

突然の連打に頭が追いつかない。キョドるばかりの倉間へ追い討ちをかけるよう、彼は手首ごと強く引き寄せた。

「別れるとかはない」

――どうしてそうなった!!

真顔で混乱している。声に大した抑揚がないのが更に怖い。
中途半端に引っ張られた腕はびくともせず、そもそもここで逃げに出たら悪化の可能性しか見えなかった。
段々浮かんでくる相手の焦りに引きずられてパニクった思考で口を動かす。

「す、捨てねぇし!!」

叫んでから瞬間後悔。どういう流れだ、どういう発言だ。しかしそれ以上のツッコミが出てこなかったのも事実。
ほんの少しだけ目を瞠った南沢が、僅か視線を落として小さく呟く。

「……て、たまるか」

再度こちらを見据えた表情は必死そのもの。

「捨てられて、たまるか…!」

瞳の色が眉間の皺がそして吐き出された声の掠れ具合が痛いほど胸に届いた。

「あ、あー!あー!あーもう!」

勢いに任せ唇をぶつけた、むしろぶつかったのは歯だったかもしれない。
若干硬い音がして、運良く怪我をせず何とかキスの形を取る。
位置を確かめるよう吸い付いて、上唇を食めたあたりで我に返った。
動きを止めた倉間へ噛み付くが如く相手の口が開いて深く合わさる。

「止めるな」

は、と漏れる息に次いで聞こえたのは文句というより、

「やめるな」

懇願の様相を呈していて、馬鹿馬鹿しい気持ちが膨らんだ。
口付けへ入れ込んだぶん、力が緩んでいる。チャンスを逃さず掴まれた手を渾身の力で振り払う。

「っ!」

固まった手、と驚愕の表情。呼吸を整えるために一度だけ大きく息を吸った。

「抱き締めらんねーだろ!大人しくしてろ!」

睨みつけて叱りつける。びく、と肩を揺らした相手が呆然とするのを抱き込むように胸へ凭れた。

「――くっそめんどくせえ……」
「くらま、倉間、倉間」
「あー、はいはいはい、わかった、わかりました」

心からの感想は投げやり。
密着した途端、情けない声で自分の名を繰り返し縋りつく様は子供でしかない。おざなりに背中を撫でれば南沢の腕が自分を抱いた。
重苦しい、鬱陶しい、向けられるのはひたすらに勝手な執着と独占欲。
それを分かっていてこうしている、受け取ることを望んでいる。
もはや喧嘩の内容など忘れてしまった。

この体温を手離すことこそ、一番の愚行なのだから。


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