入り込んだ世界は いつもの起床時間とそう変わらない朝、違うのは何も纏っていない状態で布団に同衾しているという、事実。 「気ぃ抜けた顔して眠りやがって」 普段のむかつく表情は意識のある時に生まれいずるもののようで、こうやって無防備な様を晒されて正直悪い気はしなかった。 だが、それとこれとは別の話。 やり終えましたスッキリ快眠などされても先に目覚めたこちらの釈然としない感は拭い切れず、思わずその額にデコピンでもくれてやりたくなる。 じっとり数秒睨んだのち、馬鹿馬鹿しさに息を吐く。受け入れてる時点でむしろ両成敗なのだ。 何がどう引き金になったかそれとも重ねすぎたものが崩れ落ちたのか、昨夜の彼は自分が知っている南沢ではなかった。 もう恥じるような回数でもないけれどあんなに求められたのは初めてで。 それが今まで抑え込んできたものだとしたら、もしかしなくとも随分と大事にされてきたのではないかと今更。 身体は痛いし思い返すたび消えたい心持ちだが、何より必死に自分をかきいだく相手が頭から離れやしない。 「……あんなに、あんなに」 囁く、促す、いざなう、呼ぶ音程のひとつひとつに込められた欲という感情。 名前が繰り返されるだけで飲み込まれそうな錯覚を覚えた。否、実際飲まれたのだろう。 痺れのように響く甘さは胸に残って、知らず顔が熱くなってシーツへ伏せる。 ぷしゅう、と湯気が出そうな逃げたさで消えたくなっているうち、目を覚ましたらしい相手が手探りで腕を伸ばしてくる。 「くらま、おはよ」 「はよ、ございます」 寝惚けまなこでしっかり補足してくれた南沢が、横向きに顔を押し付けているのへ疑問を投げた。 「どうした?」 ふるふる、ぎこちないながらも首を振る。髪の具合で見えていないだろうが未だ顔はきっと赤い。 「つらいか?ごめんな」 「ちが、」 ホールドされての偽装など最初から意味もなく、背中から上がって頭を撫でた手のひらにあっさり顔を暴かれる。 「え」 半覚醒だった相手がぽかんと停止。 今だとばかり力を込めて引き剥がしに掛かった。 「あ、の、すみません、はなしてくださ」 「だめ」 静かな二文字は明確な意思を持って。 離れようとする身体を密着させる腕の力。伝わる体温の、上昇。 「や」 「かわいいから、だめ」 「ま、まって、も、むり」 「しないから、離れるな」 「う、」 捩る動きも懇願も、真摯な否定には叶わない。 素肌の触れ合う中でただひたすら、彼が甘やかに自分を呼ぶ。 「くらま、くらま」 どうにかなってしまいそうだ。 責め苦から解放されたのち、上機嫌な相手は「ゆっくり起きてこい」なんて言って朝食を作りにキッチンへ。 居た堪れないのは残された自分である。 わかりやすくいえば煽るだけ煽って放置されたに等しい。己で反芻してすぐ再着火、したかと思えば火の番はなし。 掛け布団を力任せに波立たせた。 日中はとにかく平和の一言。 幸せが尾を引いたといわんばかりの南沢が絶妙な距離で隣を陣取るし――今に始まった話でもないが――変なちょっかいもかけてこないわで別の意味でフラストレーションが溜まりまくる。 こんな小技ばかり特化してもと思いながら、悶々とするのをひた隠して夜を迎えた。 そう、夜だ。どう考えても一番の難関はここである。 今更だが、寝台は二つ。一緒に暮らす際に合わせて購入したものだ。 なんというか、改めて検分したくもないがこのベッド、同時に埋まった試しはほとんどなかったりする。 同居初日で早々に引き込まれてしまったあたり、見えていた話かもしれない。 昨日の、今日で。冗談にしては悪質だ。 疲れて寝たていでもとって自分の割り当てで眠ってしまおう、そう思ってさっさと布団へ潜り込む。 「倉間」 またそのタイミングでどうして寝室へ来るのか。 やけっぱちになりたい気分ながら寝たふりで流そうと振り向かない。 「起きてるだろ」 あっさり看破されすぎて頭痛がする。静かに近付いた相手は頭の上から、しかし窺うように控えめに。 「今日、一日よそよそしかったし」 ――ばれてるー!! 気付かない振りのほうが上手(うわて)だったなど悔しさの極み。 もうここまできたら布団を叩きつけていいところだが、一度誤魔化しに走った手前そうもいかなかった。 頭の近くに手のひらが突いた。思わず震える反射。相手が息を飲んだのが伝わる。 「近付くのも、や?」 「そ、じゃなくて」 問う声はひどく優しい、そして怯えが滲んでいた。 誤解をさせたいわけじゃない。なんとか返答を搾り出し、身体を反転させるが顔は見れない。 「あの、おれいまやばいから…」 「なにが」 覗き込む距離と空気から届く体温。吐息がかすめて肩を竦めた。 「ぁ、」 漏れでた一音に相手の囁きが変わる。 「何が」 「す、みませ…」 「なんで謝んの」 詰問ではなく、事実確認。だがそれは期待を含めた包囲網。 布団の中でぎゅうっと縮こまる自分へ、穏やかな解放宣言。 「さわっていい?」 その単語だけで身体が震えた。分かりやすく肩を揺らすのを、布団を剥ぎ取りながら南沢が覗く。 逃げられない視線を受け止めながら、情けない声色で告げた。 「あきれませんか」 「だからなんでだよ」 肩を押さえる手と圧し掛かる重さ。けっして負担の掛からない程度の、拘束。 見下ろす瞳は満足げに。 「思い返すほど、よかった?」 今朝以上の沸騰でもって顔が染まる。 一瞬の変化を見守った南沢は、蕩けそうなくらい微笑んで。 「じゃ、これからもっとよくする……」 嬉しさしか伝わらない声音がそれだけで背筋を震わせてくる。 「こ、これ以上とか」 「ある」 溶けた瞳のまま言い切って、キスの直前でまた追加。 「もっとおまえのことすきになるから」 |