ひたひたと浸かる


休みの朝に限って早く目覚めたりするのは何故なのか。
寝起きの頭で釈然としないながら視界に入る時計を見なかったことにする。
無意識で抱き締めていた腕の中の体温へ軽くキスを落とす。 額の感触で身じろぐ様子に口元を緩めつつ、起きたものは仕方ないと布団から出る決意。 予定を立て始めた思考を遮ったのは、腕を離した自分の袖を掴む指。 引っ張られた部分を見て、顔へ視線。 ぼんやりした表情かと思えば意外と素早い動きで――反応が遅れた己の感覚のせいかもしれないが――起こした上半身に抱きつかれた。しがみ付く力は微々たるもの。

「くらま?」

呼びかけると、のっそりと顔を上げる。

「今日、南沢さん何もないっていった…」

寝惚けた声。行動からしてそれ以外の何でもないが、甘えた色の瞳は思考を吹っ飛ばすには十分だった。
すぐさま抱き締め返し、布団へ転がる。擦り寄る感触に負けた気分で二度寝を決めた。

しっかり寝すぎて昼を回ったあたり、素知らぬ顔でさくっと起きた倉間が食事だと揺り起こしてくる。 微妙に思うところはあるが、覚醒してない部分を突付いても益のあったためしはない。 食べ始めれば空腹も後からついてくるもので、しっかり完食。 そもそも出されたものを残した覚えもなければこれからもそんな予定はなかった。
飲み物を持ってリビングヘ移動し、半分終わった一日をどう消化するか考えて紅茶をひと口。 本日の食事当番はシンクに洗い物を放り込んだのち、マグカップを持って移動してきた。 しばらくしたら流しに立つのは自分である。分担は実に公平だ。 ラックから雑誌を掴む倉間の動きは見慣れていて、視界の端で確認すると思考へと戻る。 満腹で幾らか鈍い頭でソファへ凭れ、体感時間はともかく十分ほどが経過。 飲みきった空のマグはテーブルに並び、倉間がページを捲る手を止めた。

「あの、」
「ん?」

遠慮がちな声に首を傾げる。 倉間は言いよどむ癖があり、それが大抵は俺にとってはいい意味でどうでもいいことだったり 詳しく突っ込めば悩むなそんなものと一蹴したい話だったりするから油断ならない。 少し待てば、口を開こうとしてやめたり視線を泳がせて進まなかったので手招きする。 大人しく寄ってくるのを抱き締めようと算段した矢先、向こうから凭れこんできた。 どこかしら不安定なその体勢、背中を思わず支えると小さな音。

「おれが、」
「なに」

一呼吸置いて、割合はっきりした言葉が届く。

「俺が言ったから出かけたりしないんですか」

瞬いた。顔を埋めてしまった倉間には見えていない。
髪の毛を柔らかく撫でる。

「そうだ、って答えしか欲しくないだろ」

僅かに肩が揺れた。声に笑みが乗る。

「かわいい、」

持ち上げるように身体をずらし、腕に抱く。
え、と驚いた呟きは耳へ心地よく伝わる。

「お前が可愛いから、今日は家にいる。理由なんてそれでいい」

無理矢理覗き込んだ顔がそれはもう筆舌に尽くしがたく、見つめたまま唇へ触れた。


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