ごちそうさまを伝えきれない


毎年お馴染みのカウントダウンコンサート。
E-BOYS総出で行うこの大掛かりなイベントはチケット争奪戦必死である。
各個人のスケジュールによっては会場中継となり、それでも全員をどうにか集合させるのだからファンとしては見逃せない。
本年は別番組の司会となった剣城と天馬は屋上中継、他の仕事が押してしまう神童と霧野が遅れて登場することになっている。
いよいよ開始五分前、スタンバイする面々は興奮と緊張で一杯だ。
倉間がふと、隣に居る南沢を見上げてくる。

「こっちにいるの、珍しいですよね」
「なに、いまさら」

きょと、と瞬く相手に対し、バツが悪げに口をもごもご。

「言うタイミングを逃してたんです」

途端に笑みを零した南沢が覗き込むように首を傾げる。

「いっつも中継だったもんな」
「まあ、アンタ舞台あるし」

この時期は、年始公演のため劇場から中継参加が通例だった。
現在の映像技術とは素晴らしいもので、離れているのにまるで隣で踊っているかの如く放送されていたのには後から見て感心したものだ。
ただやはり、本当には隣にはいなかったわけで、それが今年は叶うわけで。

「嬉しい?」
「……すごく」

問う言葉は優しく、少し詰まるものの本心が出た。
嬉しそうな声が届く。

「素直」
「悪いですか」
「ぜんぜん」

ぶっきらぼうな返しになったのも気にせずに、目を細めて微笑む相手。

「お前ほんと可愛いよ」

ばーか、と唇だけ動かした。



***



新年を祝う空気も終わるしかない一月末。
抜けきらないだるさのような何かを振り切るよう浜野が頭を振り、ソファへもたれこんだ。
事務所にある小さな休憩室。DVD再生可能なテレビが置いてあって、皆で使うこともある。
画面を眺めていると扉の開く音。誰か来たようだ。

「浜野くん、何見てるんですか?」
「カウコンの録画ー」

挨拶もそこそこに速水がひょいと覗き込む。
ちらり、姿勢を流せば軽く頷くのが見える。

「あ、俺も今日もらいました。今年も楽しかったですね」
「うん、そんでさあ」

ピ、と一時停止。タイミングよく現れた相方兼親友に問題のシーンを示す。

「ここ年明けでカメラ引きになんじゃん」
「はい」

答えながらソファへ座るのを確認し、それから続けた。

「このあとキャー!って黄色い声すごかったの覚えてる?」
「ええ、一ブロックほど大絶叫みたいになってて、浜野くんのとこだったんですか?」
「んー、正確には南沢さんっつーか……」

言いたいけど言いたくない、そんな雰囲気で浜野が頬を掻く。
ハテナを飛ばす速水に悪いと思ったか、リモコンをもったままのジェスチャーが始まる。

「倉間の腰をさりげなく引き寄せる、客席にアピ」
「うわあ」
「慌てて突き飛ばされて肩を竦める」
「テンプレ対応」
「懲りずに距離だけ詰めると横を向くけどそのまんま」
「倉間くん…」
「っていう茶番を見せられた至近距離の俺と狩屋の心境」
「ご愁傷さまです」

神妙にする感想へ大袈裟に両手を広げたところで、再生ボタンを押してしまう。
動き出した映像の中で、また騒がしい場面が映った。

「寒すぎる屋上にて年明けテンションで飛びついてきた天馬を受け止めそこなうかと思いきやばっちり踏み止まったベストオブヒーロー」

はしゃぎ止まらない天馬を新年早々叱る羽目になるというファン的にはおいしいが本人には嬉しくない日常は周知。

「心労お見舞い金とかの制度作った方がいいんじゃないですか」
「剣城さー、俺らと仕事するとだいたいとばっちり食うよな」

最近は諦観の構えを見せているクール苦労人を思って二人はテレビに向かって手を合わせた。

「あ、シャッフルだ」
「これ離れてあちこち歌ってるからテレビじゃないと皆を追えないんですよね」

年明け一発目はそれぞれの持ち歌をメンバー組み替えで歌うスペシャルメドレーが恒例になる。
浜野と速水も狩屋や信助といった普段あまり仕事で絡まないコラボレーションになっており、一夜限りのお楽しみユニットだ。
自分たちの振りを他の人がやってるのは新鮮で面白く、録画を見るのはこれが楽しみともいえる。

「あのさ……」
「言いたいことはなんとなくわかります」

夢中で画面を追っていたはずが違和感を覚えて口を開いた。同意に勘違いではないと感じる。

「なんで南沢さん、シャッフル終わったら倉間の隣キープしてんの…?」
「見えてる答え聞かないでください」

二人そろって額へ手をやった。

「なんかもう、雰囲気が腹一杯」
「本当に……」

盛大に溜め息を吐いてなんとか復活した二人は、やけっぱちで思い出話へ移る。

「実際、当日の倉間はハリキリ全開だったからなー」
「倉間担の舌打ちが聞こえるようですね…」
「あそこのファン層なんかおもしろいことになってね?」

浜野の呟きに思い出したように速水が手をぽんと打つ仕草。

「じゃあ俺からも情報共有です」
「マジで、リベンジされちゃうんだ俺」
「一緒に味わってくださいよ俺だってお腹いっぱいです」
「だよねー」

一旦小休止に、二人そろって自販機へ向かった。
浜野は炭酸、速水がオレンジジュースを手に持ってソファへ戻る。
プルタブを開けながら、ぽつぽつと語り出す。

「最近は倉間くんもソロコンとかイベントやったりしますよね」
「あーうん」
「二人セットでのファンは勿論、倉間くんと南沢さん単体での熱狂的ファンも勿論いるわけで」
「倉間担と南沢担ね」

実際、自分たちにも勿論居てくれるありがたい存在だ。

「それぞれのプライベートトークなんかもそりゃあ楽しみにされて」
「ライブの醍醐味っしょ」
「しかしこの前の休日の話が全く同じ内容だったっていう」
「別イベントなのにまさかのデジャヴ!」
「あと倉間くん、南沢さんと一緒だとあんまり喋りたがらないんですけど、一人だと結構話してくれるみたいで」
「分かりやすいツンデレだなー」
「南沢さんは放っておいても倉間くんの話を挟んでくるって評判がありまして」
「迷惑なわかりやすさ!」
「相方の情報を無駄に得ることが出来るソロコンとして有名です…」
「なんとまあ」

ある程度一気に喋った速水は、ここでぐいっとジュースを煽る。そしてもう一言。

「よって、南沢担と倉間担の情報交換は基本になります」
「あ、なんかしょっぱい気分になってきた」

手の中の缶で炭酸の泡が弾けた。

そうこうしているうちに再生が終わり、テレビ放送分しかないのに思い至る。

「カウコンさあ…最後はける時、南沢さん肩組んでピースまでしてた」
「後で倉間くんに蹴られてましたね」

もう一人の親友の現状を考えて、二人は肩を竦めるしかなかった。
幸せそうだから、仕方ない。


戻る