開き直りの公式


朝に弱いわけでもないくせに休みの日に限って寝起きが悪い。
むしろ悪いのは往生際だった。
今日も今日とて舌打ちを鳴らしながら寝室へ足を運んでみれば、来るのを待っていたような相手の腑抜けた顔。
どう考えても覚醒してるだろう様子で視線を寄越す。

「くらまが起こしてくれたら起きる」
「今まさにですけど」
「ちゅーで」
「沈め」

もういっそベッドごと、まで加えたところで拗ねたような表情。とても殴りたく思う。
だいたいが前提からしてふざけている。自分が起きる時、八割方は目覚めているのだ、奴は。
それでも朝食当番ではない日は必ず起きて来ない。そしてこの茶番が行われる。
動かないでいると不満げに口元が動く。いわゆる唇を尖らせるとかそういう仕草に値するが可愛くないからやめろと言いたい。

「最後にはしてくれんのに何でそんな」
「先が見えてるからむかつくんだよ!」

分かりきった結末、なんて態度が更に腹の立つこと立つこと。
思わず声を荒げれば、ぱちりと瞬いた。

「お前めんどくさいな」
「どっちが」

落胆でも失望でもなく、素。完全に雰囲気もノリも取り払った互いの感想は微妙な間を生んだ。
しかし、即座に復活し、ふふー、と浮かれた笑みを浮かべた馬鹿はのったり腕を伸ばしてくる。

「くらま、起こして」

こめかみが引きつったのは気のせいじゃなかった。

「もういいです、好きなだけ寝ててください」
「やーだ、さみしい」
「うぜえ」

手首へ触れそうな指を振り払う勢いで避ける。
それでもめげない相手が袖口を掴む。

「くらま、こっち」

言い聞かせるような声音なのがまた苛立たしい。現時点においてその権利があるのは自分だ。
要は甘えてる、この男は甘えきっている。
まあそうさせたのは他ならぬ己だということを差し置いて倉間の鬱陶しさゲージはMAXを迎えた。

勢いよく布団を剥がす、床に落ちるより速く寝台へ乗り上げ覆い被さる。
見開いた瞳に目もくれず唇を塞ぎ、否、抉じ開けて舌をねじ込んだ。
息を呑む反応が僅かながら溜飲を下げる。絡めた粘膜を擦ってなぶって、口内を舐めさすっていく。
思い出したように応じるのを鼻で笑い、唾液を送り込んでやった。飲み込む音を聞きつつ、わざと腰をすり付ける。
唐突に唇を離し、耳の横でシーツを叩いた。

「さっさと起きろ」
「……はい」

ねめつける視線は絶対零度、固まった相手を見下ろして告げればようやく殊勝な返事。
床へ足をつけて速やかに距離を取ると慌てた動きで後ろに続く。
部屋の出口、至極控えめな声が掛かる。

「あの、倉間さん。朝から悶々とするんですけど」
「知りません」
「いや、ほんとかなり」
「知りません」

廊下に出た身体を引き止めるように肩へ触れる手。囁く音が鼓膜を震わせる。

「……助けて」

そっと手を重ね、掴んで外させる。視線を巡らせて首だけを相手に。

「いつも折れると思うなよ」

稀に見る最高の笑顔をくれてやり、力の限り扉を閉めた。


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