めでる、ひとさじ


ちゃりん。軽い音を立てて小銭が返却口に落ちること数回。取り上げた百円玉をついつい睨む。

「なんで反応しねーんだ」

もう一度、と試してみても結果は同じ。財布に他の小銭もなく、釣銭切れランプが灯っていればお手上げだ。
再度落ちてきたのを拾ったところで声がかかる。

「お前どんだけかかってんの」
「南沢さん」

振り向くと顔の横を通って腕が伸びた。指が自販機へと押し込むのは、銀色の貨幣。受け付ける音と、光るスイッチ。

「ほら、早くしろ」
「え、」

促されたのに一瞬ついていけず、無意識で動かした指が目測を誤った。選ぶつもりの紅茶の隣は、コーヒー。

「あ」

がたん、と購入を知らせる落下音。仕方ないので取り出してみれば微糖どころか無糖だった。正直さすがに厳しい。小銭を出してもらってこれはない、とりあえず自分の百円玉を渡そうと目線を上げれば相手の指が再び投入口へ触れた。瞬く間にちゃりんと響く。

「今度はまちがえんなよ」

反応できないうちにコーヒーも奪われた。顎をしゃくる動きに急かされて、今度こそ目的を遂げる。
渡しそびれた百円を差し出せば手のひらを上に向けたのでそっと乗せる。既に開けた缶に口をつける相手は涼しい顔。

「飲めるんすか」
「飲めなくはない」

返答に若干の不安を覚える。それはつまり、美味しくはないのではないか。

「や、いいですよ」

飲みます、と言いかけた続きが遮られた。
柔らかく触れる体温と、伝わってくる、味。

「にっ、が」
「ほらみろ」

思わず眉をしかめる。すぐさま離れてほざく相手はさらりとしたものだがしかし。

「じゃねーよ」

視線が剣呑なものに変わるのは当然の話。人通りがなかったで済まされない。
鋭い非難を受け止めた南沢は口の端を僅かばかり上げて。

「もっとしたかった?」
「殴りますよ」

本音を言えば今すぐ腹蹴りくらいかましたいが、借りもあるのでギリギリ我慢している状態だ。
ふ、と笑った相手の瞳が細まって、自販機へ押し付けるように掌を突く。

「静かなとこ、いく?」

反射的に顔を押しのけた。缶をぶつけなかっただけ努力したと思う。顔面にべちんとまともに食らった相手は大人しく退いてくれたので、むかつきを覚えつつも袖を掴む。

「昼休み、終わりますよ」

引きずる形で歩き出す、抵抗はなかった。

「あと、」

タイミングを逃して逃して、言えなかったことがひとつ。やけくそで前を向いていたのを一度だけ振り返る。

「ありがとうございました」

それだけはちゃんと顔を見て。伝えた瞬間、きょとんとした様子から一転。疑問符を浮かべかけていた相手が微笑む。
足を速めて隣へ並び、自由な手で頭を撫でた。

「どういたしまして」


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