Let's!


E-BOYS全体へのオファーが来ることも最近は珍しくない。
幾度か舞台を踏んだりしているうち、大きな映画の仕事が舞い込んできた。
演技だけでなくアクションにも特化するその作品を彩る為、綿密なスケジュールが組まれることとなる。

「いまからお前らに、『くらえ!エクスカリバー!ごっこ』をやってもらう」

馴染み深い稽古場にて、不動が言い放った提案は各員の思考を滞らせた。
その反応こそ見たかった、という感じの相手はニヤニヤ笑うばかり。
最初の舞台からそれこそお馴染み、無理を受け止め無茶で返す、演出家・不動明王は今回も指導に当たってくれるようだ。
何しろCGも使いつつ基本的には生身アクション。つまりは特撮に近いこの撮影、声は勿論アフレコだった。
自分のやった動きだろうが、声だけで戦闘を表現するのはとても難しい。

「必殺技を叫ぶ時何より大切なのは迫力及び距離感だ。ただ大きな声を出せばいいってもんじゃない。これは勢いを学ぶ為の訓練だと思え」

要するに、相手に向かって繰り出す疑似体験をしてみようという稽古のようだ。
興味津々な全員を確かめ、不動が人差し指を振る。

「まず衝撃吸収用のクッションを一人が構えて壁に立つ。反対の壁際からダッシュしながら叫ぶ!」
『くらえ!エクスカリバー!』
「よろしい」

空気を読んで唱和した声にもっともらしく頷き、腰に手を当て表情を戻した。

「何か質問がある奴」
「はい」
「浜野」
「なんでエクスカリバーなんですかー?」
「最近俺がハマったゲームでカッコ良かったからだ」

――予想以上にどうでもいい!

みんなの心でシンクロが巻き起こる。
あからさまに微妙な雰囲気を何とか乗り越え、速水が第二の挙手。

「クッションもつ人は交代ですか?」
「いや、万が一怪我でもしたら俺が怒られるからな。助っ人を呼んである」
「基準が自分だなオイ…」

思わず呟いた倉間の声はごく小さい。円堂や豪炎寺はともかく、不動はなかなかに分かりやすい厳しさを見せた。
何しろペナルティがひどい。この前の罰ゲームは恥ずかしい失敗談をICレコーダーで録音だった。弱みを握られるどころじゃない。
回想に浸るうち、ドアが開いて顔が覗く。

「よろしくお願いするッスー」
「壁山さん」

朗らかな声と反する大柄な外見。相手を認めた剣城がシャキッと背を伸ばす。
不動はひとつ頷いて説明を続ける。

「剣城は同じ事務所だったな。GASから特別に来て貰った」

その体格から数々の特撮で重宝されるスタントマン、壁山塀吾郎。心優しい力持ちや少し情けない悪役もこなす人気の俳優でもある。全員が元気よく挨拶すると、照れくさそうに自己紹介を述べた。
ひとりひとり名乗ったのち、いよいよ稽古の開始となる。

「ばっちり受け止めるから、遠慮なくぶつかって欲しいッス!」

大きめの衝撃吸収材を抱えた壁山が頼もしく言い放つ。
叫ぶ単語はさておいて、やること自体は心をくすぐるものがある。全員がまだ十代なのだ、必殺技を叫ぶなんてすごく面白い。
そわそわが見て取れる面々を見渡して、演出家の視線が一人を捉える。

「よし、ここは経験者が一番だろ。剣城!」
「はい」

呼びかけに剣城が立ち上がった。
特撮経験者は何人かいるものの、キャリアとしては彼が随一。
手本となることを指示されて、臆した様子もなく壁際へ向かう。

「タイミングは自分でいいぞ」
「はい」

不動に答える声はもう気合に満ちていた。
一度目を閉じ、すぅっと息を吸う。
ギャラリーの何名かはつられたように思わず握り拳。
カッと目を見開き、剣城が床を蹴った。

「くらえ!エクス、カリバーーーーーーーーッ!!」

駆ける速度に吼える声。矢のようなスピードで反対側へ到達しタックルをぶちかます。
見るだけでも伝わってきそうな衝撃に全員の感嘆。

『おおーっ』
「剣城かっこいい!」

沸き起こる拍手。歓声に次いで上がったのが誰のものかは説明の必要もないだろう。
壁山へ一礼し戻ってくる剣城を不動が労った。

「ノリはわかったか?じゃあ順番にいくぞ」

一番手を見守った緊張感が解けていく中、南沢がぽつりと零す。

「勝手にタメを入れてくるあたりが場数を感じさせるな」

むしろ区切ったことが更に演出家のテンションを上げたようで、稽古はいい感じに白熱している。
隣で大人しくしていた倉間はどうしても言いたかったのか口早に話題を変えた。

「それよりエクスカリバーって必殺技とかじゃなくて伝説の武器名ですよね」

不動の持ち出した作品を知らないのなら、そう思うのも致し方ない。
南沢の知識にはおぼろげにあったけれど、わざわざの説明はとりあえず避けた。元を辿ると年齢制限だからだ。

「なんだお前、ラグナロク!とか叫びたかったのか」
「いやなんか違います、ゲームでは割と武器かもしれないけど元ネタが違う」
「剣にするか魔石のままにするか」
「やめてください懐かしいやめましょう」
「北欧神話ってけっこうえぐいよな」
「えぐくない神話なんてあるんですか」

混ぜ返せば律儀にツッコんでくる後輩が面白い。懐ゲー話題で盛り上がりかけたその時、軽いながらも鋭いお叱りが飛んだ。

「こらそこ、あんまり喋ってっと『我は新なる闇…』とかの前口上つけてあからさまにかっこつけた技名で録画させるぞ」
『すいませんでした』

慌てて謝る二人の声は寸分の狂いもなく重なった。


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