過失の押し付け


台所を横切って向かう先は冷蔵庫。扉の重さに一瞬力を入れ、開く側へ飲み物を詰め込みすぎるのも良くないと反省する。
グラスに注ぐ野菜ジュース、いかにもなオレンジ色のその向こう、つまり視界へおさまる位置に彼は居た。というか視線が思い切り突き刺さってくる。

――ちらちら見んなら話しかけてこいよ!!

もちろん、突っ込んだ時点で負けの為、必死に堪えた。
いつもいつも自分ばかりが折れてなどいられない。
なけなしの矜持やら意地を総動員して無視すること数時間、午前中だけで疲れ果てた気分だ。

そう、普段は耐えられずにスピード解決。
こじらせることがない訳じゃないが、倉間が不安げにすれば必ず南沢のフォローが入る。謝る切っかけを作ってくれるのは嬉しいが、裏を返せばそんな自分に安心して声を掛けてくるのだ。
最早どちらの甘えなのか。非常に馬鹿馬鹿しいとは百も承知ではあるが、繰り返しているうちにイラっとしてきた。

そして今日、起き抜けから一言も発さず昼を回って新記録。
どこか恨めしげな相手の眼差しはもう隠さないレベルになってしまった。

――この人、もしかしなくてもバカなんじゃねえの

何の我慢大会だか不明な戦いは続いている、そしておそらく倉間の理解が正しければ、あちらが折れる可能性はとても低い。
まあ朝の挨拶から3回ほどスルーしたので、もう一度無視されるとさすがに辛いという背景もあるかもしれない。
フォローもなく日常に取って代わろういう根性こそ腹立たしいのだが。
つい漏れた溜息、相手があからさまに視線を逸らす。
深く深く、息を吐く。

「はいはいはいはい、もーいーですよ」

飲みかけのグラスで机を叩き、思ったより響いた音に自分で驚きながらリビングへ向かう。
ソファで雑誌をめくる体勢はしかし、先程から一ページだって進んでいない。
邪魔なそれを取り上げて放り、相手へもたれるよう抱き付いた。
途端、回される腕の強さに思わず半目になる。

「南沢さん、俺がいなくなったらどうすんですか」
「は?どこ行くんだよ」
「や、」
「言えよ」

感想として零れた台詞は不機嫌でもって返された。
詰問めいた低い声音と抱き締める力の比例。

「ちょ、いたいいたい。南沢さん、いたいです」

慌てて緩められる腕、肩口に擦り付く額の感触。
拗ねた声がくぐもって落ちる。

「不穏なこと言うな」
「何でそんな弱いんですか」

思わず素で答えたところ、相手が勢いよく顔を上げ喚いた。

「お前が!俺に従順だから!」
「ちがくても怒りますよね?!」

反論に被せて両肩が掴まれ、子供のようにギッと睨みつけてくる。

「いつスイッチ切れるかみたいに思ってんだよ!」
「めんどくせえ!!」

張り上げた声は部屋によく響き、気まずい沈黙が落ちた。

――あ、これショック受けてる。すげぇ受けてる。

ぴたりと固まってしまった表情、外れない肩の手。
本日三度目になる深い溜息。

「一生面倒見る方の身にもなってくださいよ」

また煩くなるより早く、唇を塞いだ。


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