甘い蜜はきみのもの


「南沢さん、俺のこと甘党だと思ってません?」
「別に」

嘘だっ!と叫びたかったが机を掌で叩くことで表現した。
揺れるのは天板だけでなくその上に乗った色々。

「じゃあ!なんすか!この!ラインナップ!!」

一区切りずつ強調して、ばんばんばんと音を立てる。
よく目にするコーヒーシュガーに角砂糖、ガムシロップにメープルシロップ、チョコレートソースまで出てくると、もはやどういう趣向なのか分からなくなってきた。
一人暮らしの先輩のアパート、頻繁に訪れる流れからたまに泊まったりして、朝食をご馳走になることもある。地味なマメさを発揮する相手は卵の焼き加減まで聞いてきたり無駄に優しい。トーストにバター、目玉焼き。ハムエッグだかソーセージだかベーコンだかはまちまちの、よくあるメニュー。
しかしどうにもこうにも、倉間の側に当たり前のように差し出されるのはメープルシロップ及び蜂蜜。いや、マーガリン塗らせてくださいよ、と思ってもなんだか雰囲気で流されてしまっていた。それが悪かった。さすがに朝もココア責めはないにしても、紅茶だろうがコーヒーだろうがトーストの付随が甘ければ変わらない。

「俺だってブラックで飲みたい時……はまだ訪れてねーけど紅茶くらいならストレートで飲むし、入れるにしても節操なく入れませんて!なのになんだこの無駄な常備率!!」

示す為に集めてみて、その全体量にまた眩暈がした。意味が分からない、真剣に分からない。

「ヨーグルトについてくるグラニュー糖まで律儀にとっとかなくていいです……いや捨てろとも言わねーけど」

もはやどこに突っ込みを入れればいいのかもわからず頭を押さえながら未だ沈黙を守る相手に言い募る。

「パンにもバター塗りますしね、メープルシロップ旨いですけどね…?」

突いた掌はそのままに、肩を落とすのを見届けて、ようやく南沢が口を開く。

「でもお前、キスする時だいたい甘いし」
「?!」

何を言い訳するかと思えば、理解不能な返しがきた。
机を挟んで肘を突くその人は口の端を上げて微笑んでくる。

「俺んとこ来て、甘いもん飲んで、食べられるんだろ?」

一瞬で噛み砕く言葉の意味。背筋を嫌な何かが走った。

「ヘンゼルとグレーテルじゃあるまいし」
「いやいや」

平静を装って答えても、余裕げな声が被せて霧散。

「待つも何も、そのまま食うから」

愉しそうに笑う顔へシロップの容器を投げつけた。


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