お疲れ様でした労います心から 店の方向が正反対の買い物に別れ、一時間弱。 目的のものを揃えて集合場所へ向かったところ、面白い光景が広がっていた。 公園のベンチで荷物と一緒に腰掛ける南沢さん、そこまではいい。問題は所狭しと密集している、猫の群れだった。 「ぶふっ」 離れた場所から思わず口元を覆う。 ただ集まるだけでなく、足に擦り寄ったり膝に乗り上げたり、今まさに肩にまで猫が乗ろうとしている状態だ。放っておくと頭まで到達するんだろうな、と完全に他人事の気分で見つめることたっぷり十秒。真顔で囲まれているところが更に笑いを誘う。絶対あれはキョドってる、状況を把握しつつ理解できていない。ぴくりとも動かない、むしろ動けないんだろう。あの人、明らかな害以外は跳ね除けなかったりするし。爪を立てでもしていればまた違ったのかもしれないが、猫はむしろ寛いでいる有様だ。あの様子だとそろそろ思考を放棄して現実逃避を始めているかもしれない。 「猫使いにでもなるんですか」 「もし指示が出来るならまずこの状況にはならないな」 満足したので近づいて声をかけてみるとしっかりした返事がきた。まあ別に猫が苦手とかじゃないしな、単に困ってただけで。 「じゃあ大きなマタタビ的な、もしくは木に蜜を塗った感じの」 「夜の外灯に何故か集まる虫でもなんでもいいからちょっと助けろよ」 淡々と答えながら割と真剣に聞こえる声。治まったはずの笑いがこみ上げて、口が緩む。 「はーいはいはい、これ持ち帰るんで他でくつろげー」 手をぱたぱたと振って団体様にのいてもらう。にやにやする俺に不満げな眼差しが向けられるが面白いもんは仕方ない。腕を掴んで立たせたのち、全身を一瞥してそのまま引っ張っていく。 「お前、いつから見てた」 「ざっと数分ほど」 「完全に観察じゃねーか」 「猫も群がるイイオトコー」 「おい棒読み」 何かを察した南沢さんのツッコミをかわしつつ家へ向かう。通り抜けた玄関に廊下、荷物を置くのもそこそこに買ったばかりの包装を剥がす。 「ふ、アンタすごい毛だらけ」 シャツからズボンからあちこちに付着した猫の名残がなかなかすごい。歩いてるうちにいくらか落ちた分は掃除機でもあてておこう。考えながら背中に回って道具を当てた。 「おい、コロコロそのまんま当てるな割と痛い」 「洗う前に毛とんないとなんで大人しくしててください」 ガムテープをわっかにするとかこのコロコロの紙を一枚捲るとかもあるけどめんどくさいのでそのまま使った。背中って広いからこの方が楽だよな。ある程度とって肩まで乗せて、手が滑る。 「あ」 「ちょ、おま、髪、髪!」 襟足のあたりで毛先を捕まえてしまう。さすがに悪いと思ったのでそーっと剥がす。ある程度マシになったところで脱衣所まで誘導し、ネットを手渡した。 「脱いだらこれ入れといてください、別で洗うんで」 「……おまえ、マジ風呂でたら」 「風呂でたらちゅーしてあげますよ」 色々諦めたのか静かだった南沢さんが低い声で口を開く。覚えてろよ、みたいに続くだろうセリフを遮ってみる。ぐっ、と詰まったのを見て勝ったと思った。ちょろいなー、この人。風呂場の扉を閉めるとき、「くそっ」と吐き捨てる声が聞こえた。 洗濯機が回り始めてしばらく、買ったものを仕分け終わった頃に南沢さんが出てきた。おざなりな手つきで髪を掻き回す仕草から、不機嫌は続行中らしい。まあそりゃそうか。立ち上がる前に相手が近くに腰を下ろす。 「今日は大人しかったですね」 「どーせ、毛がつくから寄るなとか言うだろお前」 向き直ると拗ねた声音。ぽんと手を叩く。 「なるほど学習した」 「ほんといい加減にしろよ」 「はーいえらいえらい」 互いに被せ気味な応酬を経て肩へ伸ばす手、伸び上がるようにして唇を寄せる。柔らかい感触を吸い上げると顎を掴まれ深く合わさった。ぱさり、タオルの落ちる音。ドライヤーも使わず適当に拭いただけの髪はまだまだ濡れていて、雫が肌に伝う。 「ちょ、冷たいんですけど」 「知るか」 もう何も聞かないとばかりにぎゅうぎゅうと抱き締められる。それほどいじめた覚えもないが、とりあえず好きにさせておく。肩口へ擦り寄って、体温を感じながら息を吸い込んだ。 「あ、」 「なに」 まだ文句があるのか的な二文字にやっぱり笑えてくる。ないですよ、今日はね。 「や、さっきは猫の匂いすごかったんで」 服を触ってる時からまとわりついていたものが今はさっぱり消えていた。シャンプーの香りもするけど、慣れた相手のそれがやはり心地いい。 「いつもの匂い、落ち着く」 無意識に呟いた。鼻先を埋めてしばらく堪能する。なんだか静かなことに気がついて、視線を上げてみると思わず瞬く。悔しそうなそれでいて我慢したような、複雑すぎる表情でほんのり顔が赤い。 「俺がかわいくて困りましたか」 「ああそうだよ、お前も困れ」 やけくそめいて押し倒される。声を上げ笑う間に圧し掛かる体勢。頬へ手のひらを滑らせて、鼻先を人差し指でちょんと撫でる。 「アンタがかわいくて楽しいです」 |