基本が自分中心だから仕方ない


温度を調整してシャワーに変える。
この最初は冷水の間が勿体無いので洗面器やバケツに汲む癖は実家に居た頃から染み込んでしまった。
気持ち、勢いが弱めの音を聞きながら指先でちょいちょいと確かめること少し。

「倉間、新しいシャンプー」
「あ、どうも」

いきなり開いた浴室のドアから相手の腕が伸びる。 無くなった中身を入れた後に戻すのを忘れたらしい。
別に開けること自体は構わないが、濡れるかもしれないとかそういう危機感はないのだろうか。
割と大雑把な気のある南沢に呆れが滲むのはこんな時だ。
受け取って所定の位置に並べ、お湯の温かさを感じたのでコックへ手をやる。
ところが、何故か相手は佇んだまま。

「や、閉めましょうよ。つかまだいたんすか」

寒いからやめろよ、という気持ちを込めて言ったところ、考える素振りのち真顔でぽつり。

「こういうシチュエーションって恥じらいはあるべきなのか?」
「アンタなに沸いたこと言ってんだ」
「いや、風呂場でしたことはないなと」

ノズルをがっと掴み、浴室電源を切る。即座に悟った南沢が両掌を前に出してストップをかけた。

「わかったわかった。冷水はやめろ、冷水は」

せっかくお湯に切り替えたばかりのシャワーを無駄にした防御は成功したらしい。
あからさまに溜息をついてもう一度電源ボタンを押すと、思い直したような声が落ちる。

「とはいえ嫌がられるとますます燃えるよな」
「変態だ!」
「変態じゃない男が存在すると思ってんのか」
「最低すぎる!」

罵るうちに歩みは進み、開き直った相手が浴室へ踏み込む。
外開きのドアは引かれてしまえば自分からは閉められない。 むしろこの状況で向こうへ動けばそれこそ終了だ。
ぱたん、とドアが鳴り、狭い場所に二人きり。この家にいる時点でお互いだけだが今はそういう話じゃない。
反射的にコックを握る。その手が重ねて握り込まれ、楽しそうな微笑が浮かぶ。

「ほら、すきにシャワー出せよ。俺はもう濡れても気にしないけど」

屈んでくる動きはひどくゆっくりで、押されるように椅子へ座り込む。
もう片方の手が胸元から腰を撫でた。ぞくり、震えが走り鳥肌が立つ。

「倉間、」
「うわあああああ!!」

反射的に手を握られたままコックをひねる。 相手へ向けたノズルから勢いよく水が飛び出した。
顔面から思いっきり水流を受けた南沢は溺れたような声。慌てて立ち上がり、シャワーは身体へ降り注ぐ。

「おま、ガチで、やるなよ」

まともに食らった様子で咳き込みながら口元を押さえる。多分鼻にも入っているが自業自得だ。

「まだ浴びたいですか、水」

心から微笑んでみせると、両手を挙げて降参の意を示す。

「さっさと出てけ!」

洗面器からは、水が溢れている。 足元全体にも冷たさが染み渡り、すっかり身体が冷えてしまった。
酷くなった鳥肌、身震いしながら睨みつける傍から懲りずに腕が伸びてきた。

「遊びすぎた、悪い」

抱き締めてくる相手の衣服もずぶ濡れで、冷たいことには変わりない。
気持ち悪いだろうし自分だって寒いくせに、かろうじて伝わる体温を分け与えてくる。
そうじゃないとか、根本的解決にならないとか、思考はぐるぐる回るが口から出ない。

「も、いいです、から」

風邪引きますよ、アンタが。言おうとした唇は塞がれる。
きゅっ、とひねる音がして水が止まった。続いて聞こえる似たような音に、お湯にしたのかとぼんやり思う。
舌の絡むうち、床に流れるのはお湯となり、力の抜けかけた手からノズルが取り上げられた。
一度唇を離し、シャワーを固定。相手に凭れていれば、温かく頭上から降ってくる。
体温が戻っていくのにほうっと息をつき、我に返る。

「あの、洗いたいん、ですけど」

おそるおそる、窺うと、優しげな瞳が細く笑んだ。

「洗ってやるよ。後でな」


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