発散の行方知らず


手の動きは明らかに振り払うそれで、しかし実際には弾かれるはずの自分の手はすんでのところで掴まれることとなった。 途中で反射的に切り替えた素早さがすごいより何より瞬時に後悔の色に瞳を染め上げた表情のほうがよっぽど驚きに値する。 振り払おうとした仕草に自分で傷付くなんて器用な人だと思う。

「…ちがう」
「はあ」
「ちがうから」
「何がですか」
「むしゃくしゃはしてたけどお前じゃなくて、いや一概にそうとも言い切れないが」
「どっちですか」

聞いてもいないのに喋ってくれる勢いはどこか必死のてい。ただし、ちっとも要領を得なかった。
南沢がこうやって早口で捲くし立てるのは感情をそのまま吐き出すときだ。
モーターフル回転で感情を汲み上げ言葉に変換する突貫作業。聞かせるよりは己を整理するためのもの。

「お前のそういう、俺が限界な時だけ察するみたいなとこがたまにしんどい」

よって普段は脇によけるだろう本音さえもまとめて零れてくる。
苦悩を具現化したような響きは軽く聞こえ、続く息の掠れで感情が乗った。
言うだけ言ってハッと口を噤むさまは滑稽にすぎず、あからさまに目を逸らした態度を問い詰める。

「それ本当にたまにですか」
「何でそこでぐいぐいくるんだお前は」

逆の開き直りを決めた相手が溜め息を吐く。もちろん視線は合わせない。

「たまにだよ。いつもは嬉しい、嬉しいしかわいい。お前はいつもかわいいけど」
「それは聞いてません」
「わがまま」

僅かにかたい声、それでもついてくるおまけを切り捨てた。
ふ、と漏れるのは笑い。少し諦めたような表情。

「俺だけが、とか思ってない。そうだったら逆になんともねえよ。
 違うから、お前からちゃんと貰えるから期待すんだろ」

倉間を見ないままで並べられていく言葉の意味。完全なる自嘲で他人事めいて彼は言う。

「欲しいときに欲しいだけ望むだけそれこそ全部。単位も規模もないのにひどい飢えだよ」

悟りきった口調が気に入らない。おのずと低い音程が出る。

「ねだられた覚え、ありませんけど」
「そうだな」
「勝手に拗ねられてもしらねーし」
「わかってる」
「だから、」
「だから!わかってるって!」
「うるせえ!!」

段々と膨らんでくる怒りは相手の自棄によって爆発した。
遮る不機嫌は叫びで一喝。驚いた顔、若干の怯えが腹立たしい。

「初耳だっつってんだろ!秘めといてキレてんじゃねーよ!」

今度こそかち合った視線。見開かれた瞳を覗き込む。

「なんすか拒否ったこととかありますか俺。ないだろ、一度もねーよテンパったとかはともかくな!
 勝手に上限決めて許容量超えてるとかバカか!バカだろアンタ、知ってたけど!!」

胸倉を掴み上げ鼻先をこする。

「飢える前にくれてやるよ!」

訪れる静寂、固まった南沢は微動だにしない。
睨み続けること数秒、やっと聞こえてきた台詞はというと。

「やばい、やばい。すごく、満たされた……」

呆けながらの感激だった。

「そーですか満足なら帰りますね」
「駄目」

言い切った後の疲労感。もう全てを投げて誤魔化したい倉間は手を離す。
だがその手首を引き止める腕が伸び、力が加わる。

「もう少し」

ねだるにしては頼りなく、留めたいなら抱きしめるくらいすればいいのにそうしない。
あくまで承諾が前提のこの男がなんとも鬱陶しいと倉間は舌打ちしたい気分に駆られる。

「少しでいいんですか」
「よくない、もっと」

可愛げのない聞き方にすぐさま異を唱えられ、今度こそ舌を鳴らす。

「わがまま」

自由な手を肩へ掛けると、嬉しそうに緩む唇が近づいた。


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