待ち時間はいまかいまかと


「殴らせてください」
「お断りします」

返答に被せて腕が動いた。
べちん!と響くのは中途半端な勢いでなおかつ微妙な威力の平手もどき。

「無許可の意味もなく」

当たったままの掌は頬から離れず、思わず呟けば倉間が吠えた。

「殴らせろよ!好きなんだよ!」
「えっ、暴力が」
「ちげぇし!」

力一杯叫ぶ言葉、淡々と返しきる前に更なる抗議。
左手は握り拳でわなわな震え、一歩間違ったら次はグーかと他人事のように思う。

「いやわかるけど、わかるけどなお前…」

頬の手へ自らのそれを静かに重ね、びくつく動きを撫でて宥める。

「告白にしては斬新すぎるだろう」
「うっせー!!」

再度の罵声はもはや進化して自棄になっていた。自分でやっておいて傷付くという器用さは発揮しないで欲しい。
強く押さえてもいないのに振り払わない右手はそのまま、熱くなる体温が伝わってくる。開いた口から上擦った音。

「どーせアンタ俺の気持ち知ってたくせにしってたくせに知っててっ、」
「知らない」
「っ、」

斬り付けたつもりもなかったが、結果としてそう解釈されたと知る。
詰まる表情、泣きそうな顔。その感情はお前だけでのものではないとこみ上げるもどかしさ。

「いわれなきゃ、わかんねーよ」

遮る声とは一転し、零れてくるのは情けない揺れ。
息を吐き、握った手に擦り寄る。一度閉じて開いた視界で倉間が息を飲む。

「ただ懐かれてるだけなら、めちゃくちゃ傷付くし」
「、え」

視線を細めて気持ちを紡ぎ、唇を滑らせて掌へ口付ける。一呼吸置いて驚きと疑問。皮膚の感触に胸がざわつく。無意識で舌先を掠らせてから我に返った。掴む手の温度が上がったように感じる。改めて倉間を見据えるのは、追撃。

「確証がないと、動けない」
「そんなの…、」
「ずるいよ、俺は」

言い切りに見開く瞳で満足。口元を緩めた。左の拳はいつの間にか解かれ、迷うように上がる腕を捕まえて引き寄せる。見事倒れ込む形となって、右手を離し背中へ回させた。

「だからいま、すっげー嬉しい」

ひとまず抱き締めて確かめる。大人しくおさまる体温は逃げる気配もなく、顔を覗けば未だ硬い。

「もう俺の、お前は俺の」

耳元で低く囁くと、途端に赤く変化する色。言葉の出ない唇が僅かに動いた、眉間の皺は健在である。
頭を撫で髪を梳き、額へキスをひとつ。う、と小さく漏れた反応を覗きながら顎を掬い上げた。

「全部ぶつければいい、受け止める。その代わり絶対離さない」

また飲まれた息、喉の鳴る音。今度の意味合いは至極甘美なもの。

「おれのくらま、やっとつかまえた」

微笑みかけて、ようやく唇を重ねにいく。
溶けたその瞳が何にも勝る証明になる。


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