選び取る先を捧げ


革命選抜の激励、からの合同練習は帝国学園の設備を借り受けて実に和気藹々と進められた。
各校のエースが集っているのだから申し分ないどころじゃない。レジスタンス本部であることも手伝ってのびのびとサッカーが出来るのは実にありがたい話である。雷門だけで練習するより効率がいいと、いう話になって継続となった数日後。

帰り支度を済ませたロッカーにて、近づいてくる気配に振り返れば見慣れた後輩の姿。もともと愛想のよさそうな顔ではないが、それを差し引いても憮然とした様子の倉間を見つめて数秒、物凄く棒読みな声が響いた。

「みなみさわさん、かっこいー」
「何の罰ゲームだ」

思わず真顔で即答したところ、特に表情も変えず想定内とばかり。

「バレましたか」
「そこまで嫌そうにして何故バレないと思う」

今にも溜め息をつこうと視線を逸らす相手。自分から仕掛けておいてやる気が欠片もない。
ロッカーへ手をかけた半端な体勢で再度口を開きかけ、そこへ飛び込んでくる騒がしい声。

「ちがうちがう、倉間。キャー!南沢さんかっこいー!」
「やっぱり元凶はお前か」

開いたままの入口から駄目だしと共に現れた浜野はご丁寧にジェスチャーまで加えて手本を示してくれた。
予想通りの展開に頭痛めいたものを覚えながら視線を移せば、人懐っこい瞳でこちらへ向く。

「え、なになに気付かれちゃってた系?真実はいつもひとつー」
「すべてまるっとお見通しだ」

びしっと人差し指を振ってみせる浜野へ答えるだけ義理を果たしてから止まっていた荷物の整理を再開した。
とはいってもジャージも着て帰るので、せいぜいタオルやらを詰めて終わるのだが。

「南沢さん、そっち派かー、ここは空気読んで、謎はすべて解けた!とか言いましょーよ」
「俺のじいさんは別に有名人じゃないんでな」
「その会話続くなら帰っていいですか」

ロッカーを閉じる音に合わせて、うんざりといった風に倉間が発言する。
うきうき絡んできていた浜野は友人へ矛先を変えて、まだ続いていたらしい話題を振った。

「えー、倉間は誰派ー?」
「警視庁の身内がいる奴」
「サスペンスだった!」
「答えるあたり優しいなお前」
「慣れてるんで」

大仰なリアクションをするのを眺めながら鞄を肩にかける。
別にこのままスルーして帰路についても問題はないが、多少ならずとも乗ってやった手前、聞くのも人情な気がした。
促すように顎で示す。

「それで?」
「倉間が大富豪で大貧民でした!」
「暇かお前ら」

いえーい、と片手を上げてみせる後輩と冷めた後輩。そこまで不本意なら何故受けたのか、遊びに対して――この場合は友人へ、かもしれないが――律儀さを発揮する倉間にしみじみ視線を向けてしまう。
軽く溜め息、いつ言おうか考えていたもう一人の当事者というかある意味の被害者へ投げる。

「あとあそこで中途半端に様子窺ってる速水なんとかしてやれ」

言うと同時、はやみー、と呼びかけながら駆けていく浜野。視線をやった時からあわあわしていた速水はこちらに頭を下げたりと忙しい。傍らに残った倉間を一瞥。立ち去るタイミングを失ったか、そもそもそんな気もなかったか。話の流れを向けてみる。

「お前弱いの?」
「たまたまです」
「ふーん」

実のない会話は続かない。
途切れたままかと思われたそれを繋いできたのは倉間だった。
ちらり、見上げる角度。

「南沢さん強いんですか」
「ボロ勝ちはしないが負けもしない程度」
「うっわ中途半端」
「大貧民が言うな」
「勝つときは勝ちますよ」
「俺はだいたい手札に革命がくる」
「ポーカーやった方がよくないですか」
「あー、フォーカード出るぞ、割と」
「マジで」
「花札も三光とか雨四光あたりは出る」
「あ、なんか読めました。五光は出ないんですね」
「そうそうないだろ」
「浜野は出しましたよ」
「マジか」

会話のテンポに合わせて弾んでくる声音。
花札のあたりで楽しげに笑った倉間は再度止まった会話の区切りで目を逸らした。

「南沢さん、シムシティとか上手いでしょ」
「なんだいきなり」
「人生ゲームとかすぐ上がる、モノポリーも得意でしたね」

言葉の流暢さは棒読みの比でもないのに空々しさは段違い。
よくよく考えれば自分は付き合いが良かったな、などと暢気な回想をする思考を早々に止める。
こちらを見ずに発言を重ねる理由は覚えやすい公式よりも明らかだったからだ。

「シミュレーションは順風満帆なのに」
「ストップ」

尚も紡がれる音を断ち切り、衝動に任せて手首を掴む。驚きで見開かれた相手の目はとりあえず無視して、入口へと進んでゆく。じゃれていた浜野と速水に「借りるから」とだけ言い残し、そのまま早足で。
複雑な廊下を進む間、反抗もなく大人しい倉間がさらに腹立たしい。何回目かの曲がり角、若干ヤケで進んでいたのもあって道を間違えた。行き止まりにぶちあたり、思わず溜め息。びくり、と震える気配が相手から伝わる。舌打ちしたい気持ちを抑えて向き直った。

「さっきの続きだけど、」

自分を宥めるよう髪を掻き上げ、俯きがちな倉間を見やる。

「俺の悪口じゃなくて卑下にいくだろ」

口火を切っておいて後悔の只中にあるらしいところへ駄目押し。

「そーゆーのいいから」

手首を離して指先で顎を掬う。少しだけ逆らう力はすぐに薄れ、堪えるような表情とぶつかった。
何を、なんて分析の必要もない。

「俺は自分の選択を後悔する気はねーし」
「今はそうでも」
「ずっとそうだよ」

一時の、なんて勘違い扱いは御免こうむる。
気の迷い如きで左右されるほど甘っちょろい己でなし、選んだからには覚悟も責任も全て背負う。

「転校したのも、お前のことも」

息を飲む音。耐える色の濃い瞳が揺れて、引き結んだ唇が僅か震えている。
無意識に、自嘲めいた笑みが浮かんだ。

「信じられない?信じない?」

卑怯な問いだ。零れ出たあとに心底思う。
今にも泣きそうな倉間はしかし、素早く口を動かした。

「信じたい、です」

息を止めたのは、自分。一度目を瞑って酸素を吸う。
ゆっくり、額へ唇を当てた。

「ん、ならいい」

相手に、よりも確かめる呟き。
疑問を浮かべた倉間へ微笑みかけ、目を細めた。

「まだすぐ不安になっても俺のせいだし」
「そんなっ、ことは」
「つまった」

ない、と言い切らせないで漏れる笑い。無様さを喉の奥でかみ殺し、誤魔化すみたいに額を重ねる。

「キスしていい?」

返事の代わりは閉じられる瞼。そこへも軽く口付けを降らせ、望む位置へついばむように。
短い接触のあと、おそるおそる目を開ける倉間の髪を緩やかに梳いた。

「せっかくお前といるんだから、堪能させて」

ようやく意思を持って伸ばされた腕が背中に回り、体温を得る。
吐くのは安堵の息、抱き締める力と撫でる手のひらで慈しむ。

「よしよし」


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