思い込み、お待ちで


何かとてつもなく不機嫌な様子に思えるのは自分の勘違いだろうか。
変わらない日常の一端、ひとつの部屋で隣に座って、それこそが贅沢じゃないかというくらいには頭が沸いてる自覚はある。
だが時間は有限だ。眉を寄せ口を噤んだままで放っておく選択肢は最初から存在もしない。
常に笑っているような性格でもない相手だけれど、逆に怒ってばかりの訳もなかった。友人とじゃれ合えば目まぐるしく表情は変化するし、自分を前にしたって色々と楽しませてくれる。
だからこそ、だんまりで視線も落としていれば気分を害する何かがあるのだと推測した。状況に対する惑いや悩みを表に出さぬよう――こちらまで負の方向を示せば何かとややこしい――対策を練ったものの、最終的には問いかける手段のみ。幾らか原因を考えても、ここ最近で自分がやらかした覚えもない。意識せずとも癇に障ったことがあるなら聞いてから謝ろう。ほぼ悟りの域に入ったあたりで、今まで沈黙していた倉間が腕を掴んでくる。

「!?」

心中の動揺は押し隠し、眉だけ動かして彼を見た。まさに勢いで伸ばされた手は最初だけ強くすぐ力は抜け、服に指を引っかけながら、あー、だの、うー、だの唸り出した。
こうなると考えられるのは向こうの問題だった。倉間は南沢からすれば本当に詮無き事柄で悩んだり落ち込んだりとにかく溜め込みやすい。それだけならまだしも、拗らせた先で自己卑下に走り出す場合まであるので始末が悪い。
これは宥めすかす覚悟が必要かと心を決めて静かに口を開く。

「どうした?」

極力優しく穏やかに、計算ではなく感情が音に乗る。
一瞬、ぴくん、と肩を震わせた倉間が止まり、ばつの悪そうな顔で唇を引き結んだ。覗き込む形で相手が下を向けば、自然額が近くなるわけで。ぐ、っと耐えるような挙動に誘われるよう、無意識に前髪をのけてキスを落とした。
ぴしり、今度は硬直する、相手。

「あ」

思わず零した一言はとてつもなく間抜けに響き、不用意な行動をさすがに慌てる。
今はまずいか、まずかったのか、ひやひやしながら見守る数秒。

「…じゃなくて」
「え」
「そっちじゃなくて、口、が、」

いいです、なんて消え入る語尾と見上げてすぐ外される視線。
否定から入った言葉はとんでもない示唆をして、自分が反応できないうちに寄越された色は
随分甘えた感情を湛えていて。

「お、おま」

上擦る声はどうしてくれよう。こんな時だけ高速で目線を戻すんじゃない。
一気に熱くなる体温はお互い様らしく、見開いた倉間が大声を出す。

「なんで照れてんですか!」
「うるさい!」

負けない声量で返したあと、相手の指が方へ掛かり、ねだる仕草で顎が上向いた。
まったくもって腹の立つ、しかし可愛いとしか表現できない思いをいだいて、愛しさを込め頬へ触れる。
ほとんど同時に瞳を閉じて、待ち望んだキスがひとつ。


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