切り替えスイッチは強弱のみ


「お前なんでそんななの」

思わず口をついて出た台詞は拗ねというには年季が入りすぎた。もはや溜め息も出ない諦めの世界、言ったところでどうにもならない。
聞き飽きた、そう一蹴されるだろう予想は今日に限って真顔で見つめ返す倉間にほんの少しだけ覆される。思案するような、間。カーペットへ座り込んでいた相手は手元の雑誌を置くとソファーに這い上がり、自分へと寄る。肘掛けに凭れていた片手に思わず力が入った。攻撃の前触れと身構える癖はどうしたものか。伸び上がるように覗き込む、表情は変わらず、見つめる視線はまっすぐ。膝へ置かれる手。ぐ、と体重がかかり逃げるように傾ぐ身体へぽふん、倉間が倒れこむ。触れたところから広がる体温、擦りつく感触に混乱する。まるで甘える仕草で身体を寄せて、肩口に頭が乗った。胸元へ掌が当たり、もう一度視線を上げた倉間が顔を近付けてくる。信じられないほどに動揺している、思考が上手く働かなかった。
息のかかる距離で、突然瞳が眇められる。

「キョドってんじゃねーか」

いわゆる、半目、いやジト目だ。先程までの雰囲気はどこへやら、体勢はそのままに顔だけ少し離してもう一言。

「どーせ罠だとか思うんだろ、そんなとこだけ分かりやすい」

深々と溜め息、呆れ顔。
後ろへ引こうとする肩を反射的に捕まえた。

「おまえ、なに」

声が震える、感情が上手く抑えられない。

「俺で遊びたい?」

驚きの色を浮かべた瞳が、すぐ睨むよう自分を捉える。

「アンタの中で、甘える俺とかはないんでしょ」
「はあ?!」
「反抗した方が安心してんだろどーせさあ!」

不機嫌な声が罵声に変わる。突き飛ばそうとする手首を押さえ、そのまま引き込んだ。バランスを崩し、今度こそ胸へおさまった倉間の舌打ちが聞こえる。

「…っぜえ、」
「お前さ、」

びく、僅か揺れる肩に今度こそ息を吐く。

「なんで泣きそうなの」
「うっさい」

くぐもった音は頼りなく聞こえ、そっと手を伸ばし頭を撫でる。髪へ指を通し、何度も。

「みせて」
「やだ」
「見せろ、顔だけじゃなくて、ぜんぶ」

ぎゅ、と握られる服の生地。悔しさに彩られた顔がようやく見えて、鼻先をこすり合わせる。揺らぐ瞳へ言葉を注ぐ。

「俺はお前が可愛いんだよ」

今にも泣きそうな顔が歪み、掠れた音。

「しらね」
「嘘」

顎を掬って唇を寄せた。

「や、」
「やじゃない」

弱々しい抵抗は最後のあがき、その気もないくせに往生際の悪い態度も塞いでしまえば力が抜ける。閉じた瞼を見届けて舌を差し入れ、口内をなぞった。こするだけで絡ませないでいると相手から寄ってざらついた面が当たる。望み通り捕まえて吸い上げれば鼻から漏れる息、背中を撫でて抱き締めたら身体を預ける仕草。ゆっくり舌を擦り合わせて襟足を掻き上げた。開いた視界で離れがたそうな瞳が見えて、まだ触れたままの唇で笑う。くすぐったげに隙間が開く。一度だけ軽く吸った。

「かわいい、食べたい」

零れた気持ちにまだ睨もうとする表情の動き。

「食べれば」

文句のような呟きは結局了承。緩む口元を確認して、倉間の手が肩にかかる。
瞬間、ねだる色が浮かんだ。

「…たべて」
「本当にお前なんなの」


戻る