のれんに腕押し


「なぁ、やりたい」
「いま疲れてるんでまた今度で」

こちらを振り返りもせず言い放つ台詞は至極冷静。
自分の反応を見て楽しんでいるのだと正しく理解した倉間は淡白な返しをするようになった。
特に色めいた含みを持たせた発言に対して。

――はぁ!?何言ってんすかいきなり!ハゲろ!

真っ赤な顔で悪態をついた、少し前の相手を思い起こす。
明らかに動揺してますと言わんばかりの態度で落ち着きがなく、微妙に逃げ腰だったのを鮮明に覚えている。
心から面白かった。面白かったのでとことん弄り回した結果、悟ったのか素っ気無い反応に落ち着いた。
寂しい部分もあるものの、発言を許すようになったことが既に目論見のうち。
繰り返し聞き流したからこそ、実行に移されるとは思いもしない。
危機感をどこかへ放り投げた相手の無防備さに笑いを漏らし、手元のゲームへ意識を向ける倉間を覗き込む。
影が出来て迷惑そうに顔を上げるのを確認し、ずいっと顔の距離を詰める。

「疲れてないときっていつ?」
「は」

ぽかんと口を開ける、まるで意味が分からないといった表情だ。

「俺といて疲れんの?」

瞳を覗くように更に近付く。思考するところまで回復した倉間が真顔になって答えを紡いだ。

「南沢さん相手にしてて疲れないと思ってたんですか」
「その返しは予想しなかった」

思ったより手強い相手の返答に僅か頬を引きつらせながらも肩を掴む。
一瞬ちらりとそちらへ視線を流した後輩は、ゲームをスリープモードにして再び顔を上げる。

「今日は絡みますね、寂しいとか?」
「うん、寂しい」
「へっ?」

半分笑いながら問いかける内容は冗談だろう、しかしそれを見逃すつもりもない。
即答で肯定すれば、幾らか音の高い疑問形がその場に落ちる。きょとんとした顔。
右肩を押さえながらゆっくりと頬へ指を伸ばし、人差し指の腹でくすぐるように、撫でる。

「お前の体温が感じられなくて、寂しい」

低く囁きかけると、手のひら越しに感じる相手の震え。ゲーム機の落ちる音がして、顔色が変わった。

「マジできもい」

分かりやすいくらいドン引きした倉間が冷や汗をかく一歩手前といった様子で後ずさろうとする。
ぷつり。頭の隅で糸の途切れる音が聞こえる。自然と笑みが浮かび、両肩を改めて掴み直す。

「それは残念だな」

南沢はこれ以上ない笑顔を向けてその場へ押し倒した。


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