浴びせかけて、満足


ふわふわとした感覚。自分の布団だ、ベッドだ、そうぼんやり考えたところでひやりと入り込む空気。
疑問に思うより早く温かいものが触れた、体温だろうと認識し、擦り付ける動きで覚醒に近づく。

「ん……」

うなじへ触れるのはおそらく鼻先。少し身を捩って確認すれば床に敷いた布団に寝ていたはずの倉間がそこに居て、笑いが零れる。

「ふ、」

撫でたいけれど体勢的に些か難しい。この温い心地のまま過ごすのも悪くはないと結論付ける。

「蛇をさ、飼ってる人がいて」
「はい?」
「蛇」
「ああ」

寝起きに任せ、突然頭に浮かんだ話をそのまま口に出した。
思ったとおり反応は怪訝で、それでも聞くあたり素直に付け加え相手も寝惚けているらしい。

「そいつが一緒に寝るようになんの」
「へえ」
「そんで、飼い主にぴったりくっついて、とぐろとか巻かないでまっすぐ身体のばして寄り添うみたいにするんだよ。おかしくないかって専門家に相談するわけ。電話だっけ、そしたらその人がすげー慌てて、今すぐ離れてください、貴方をひとのみにできるかどうかを測ってるんです」
「……なんすかそれ」
「ネットで見た。怪談?」
「じゃなくて」

大人しく聞いていた倉間が話のオチに異議を唱える。しかし発案者は自分ではないので責任は取れない。
回答がお気に召さなかったのか重ねる声は少々不機嫌だ。つまりその心は、と問いたいのだろう。
また漏れそうな笑いを胸におさめて本題へ移る。

「お前こんな風にくっついてこなかっただろ、前は。俺のこと、呑もうとしてんのかなって」
「のんでいいんすか」

今度被さってきたスピードは予想外。つい一瞬止まるものの、寝惚けの成せる技かと納得する。
背中へ当たる温度を感じながら、笑って呟く。

「ぜんぜん足りねーだろ」
「ひとのみだよ、アンタなんか」

言うが早いか、肩を思い切り引かれて視界が揺れる。
天井を向いたすぐ後に、覗き込むのはもちろん倉間で。

「倉間?」
「くらべもんになんないくらい、すげーでかいよ、俺のは」
「なんの、」

見上げる相手の焦点はあまり合っておらず、やはり夢の中。けれど表情は何かを堪えるようで、睨み据える視線に喉が詰まった。瞬間、噛み付かれた痛み。鎖骨の辺りへ食い込んだ歯が跡を残して離れていく。
唇から零れる、それは。

「うぜぇ、俺のほうばっか、でっかくなる……」

愚痴にしか聞こえない。語尾は勢いを失って、ついには肩へと倒れ込む。目の前に置かれたつむじを見ることしばし、聞こえてくるのは明らかな寝息。いつしか止めていた息を深々と吐いて、倉間を抱える。ようやく撫でることの叶った手のひらを動かして静かに触れた後頭部。髪へ指を通しながら、もう片方で強く抱き締めた。




緩やかな意識の浮上、ぼやけた景色の中に相手を認め、ぱちりと目を開く。
良いタイミングでこちらを向いた倉間がベッドへもたれたまま頭を動かす。

「あ、おはようございます」

軽い会釈もどき。携帯ゲームを構えながら自分を見る様子からは昨日の面影はさっぱり窺えず頭をかき回す。

「――お前さ、夜」
「やっぱ起こしました?すんません」

釈然としない気持ちで口火を切った途端、謝罪が始まった。
勢いが殺がれ無言になるうち、そのまま相手が続ける。

「起きたらベッドいたんで、寝惚けたかなーって。でも南沢さんがっちり捕まえてきてるし、これは起こしたの俺だな、と」
「なに、覚えてない?」
「はい。なんかやらかしました?」

長めの発言に動揺を感じる。どうやら本当に記憶がない。
腕から抜け出したものの事態がわからず、起きるまで待っていたというところか。
溜め息を吐きたい気持ちをなんとか諌め、己の髪をくしゃりと掴む。

「つーか、タメ口だからこいつ寝惚けてんなとは思った」
「うっわマジすか。すいません…」

寄る眉根に申し訳なさげな表情、失礼なことをしたとかの認識だろうが問題はそこじゃない。
割とぐしゃぐしゃになっている頭を更に掻き乱し、困った顔の倉間を見る。
肩、鎖骨、胸元、腰、折り曲げられた足へ視線を流していき、ついつい昨日の反論が浮かぶ。

「あー………。――やっぱ俺のがお前よりでかいな」
「は?」

途端に半目へシフトする、その態度の方が失礼だと何故思わないのか。

「なんすかいきなり。つか喧嘩なら買いますよ」
「やー、そうじゃなくて、勝ち負けって表現もなんだかなあ、っつー」
「はあ?」

意気のある後輩は刺々しい。本音を見られたのは嬉しくもあるが、勝手に評価も頂けない。
濁した結論で自分を慰めてみれば、語尾が上がって更に不敬絶好調。
手の中のゲームはとっくに自動スリープモード、睨む攻撃は容赦なく向けられている。

「とりあえずくらま、もっかいこっち」

布団を軽くめくり、ぽんぽんと叩いて示してみれば、大きく開く口。

「ばっ、」

かじゃねえの、と動く唇だけで言葉を判断。ぱくぱく慌てる様子に笑いながら、手招きする。

「ほら、こいよ」

のむものまれるも、どちらでも。


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