理解を手繰る愉しみよ


あまり良い空気ではない理由はみえている、というか不機嫌なオーラを生み出す原因そのものが目の前にいた。
放課後の空き教室。わざわざ向かい合う位置で座り、机に肘を突いてぶすくれること幾ばくか。
椅子の足を軋ませて吐き出した息は長い。

「はーーーーーーーーーーーーーーーーー、むかつく」

言葉の終わりに付随した自然すぎる勢いで零れ落ち、息を吸う間のあと、もうひとつ。

「南沢さんが」
「やっぱそうきたか」

予定調和すぎる流れにわかっていたトーンで返す。
それすらも気に食わないのか、む、と唇がへの字に曲がる。

「なんでそんなできる奴なんですか」
「実力だろ」
「いけすかないのにモテるし」
「顔だな」
「自分の価値わかってんのが更に!」

ばん、と叩きつけてくる掌は乱暴というよりヤケクソ。
気のない返答が更にボルテージを上げたようだが、どう反応しても火に油は明白だった。

「つまりは、」

己の手を重ねて身を乗り出す。

「それだけ評価してくれてるのか光栄だな」

無意識に緩む口角と、目線の先で増える眉間の皺。
そもそもの火種は相手の内に。理解しているからこその八つ当たりだ。

「鼻につくだけです」
「なーまいき」

尚も言い募る往生際の悪さに鼻をつまむ。
ふが、と漏れる間抜けな音。笑う息が零れれば、つられて些か険の取れた相手の視線。
いつもならこれでお開きで、尾を引く部分を突付いて解放してやることもある。
一旦治まった倉間のじわじわと募る罪悪感まで完全フォロー、我ながら入れ込んだものだと自嘲が絶えない。
手を退かす動きをあっさり押さえ、握りながらもう片方の掌を机へ。安定の体勢で覗き込む。

「じゃ、お前の価値わかってる?」
「は」
「俺が全部ささげるくらいの、価値」

ぴし。効果音が書き文字で見えるくらいわかりやすく固まる倉間。
不可解を表すために開いた唇の中途半端さがキスの直前に思えてしまう。

「もらってくれない?」

甘い音がねだり、ごくんと飲み込む相手の喉。

「お、重い」
「うん、重いな」

なんとか紡いできた台詞はいっぱいいっぱいで、逃げようにも手を取られて動けない様子がひどくおかしい。
思わず笑みを含んで重ねていく。

「でもお前にしかやらないから」

自由な腕を上げて殊更ゆっくり頬へ触れる。大袈裟に揺れる肩と震える瞳。

「諦めて受け取れよ」

吐息で通達。瞬間強く瞑られた瞼に唇を寄せる。


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