そうですか。ああそうですね、そーですよ。


自分を待っている間に倉間が寝こけるのは珍しいことでもないが、 寝惚けはまだしも寝言というのはなかなかお目にかかったことがなかった。 寝つきのいいこいつは熟睡が多く、本人に聞けば夢を見るのも稀らしい。
夢じゃなくても寝言はあるそうだが今はどうでもいい。
問題は、その口走った内容が不明瞭な上に気になりすぎたってことだ。

「……さん、」

微かに、本当に微かに零れた音に神経が集中する。
寝入った倉間に気づいてしばらく、机へ腕を乗せた寝顔を鑑賞し、 軽く髪の毛を梳きかけたところでそれは起こった。
呼びかけ、ただそれだけ。名前の部分は音になりきらず、敬称だけが耳に届いた。
刹那、ふわりと緩む、表情。不覚にも心臓が跳ねる。 と同時、湧き上がってくるものはと、いえば。

噛みに指が触れる直前、小さく身じろぐ相手。すぐに手を引っ込める。
眉が少しだけしかめられ、ゆっくりと瞼が開く。
状況を理解していないぼんやりした瞳が一度閉じて、枕にした腕に頬をこすってくぐもった声を出す。

「んん…」
「起きる?」

今度こそ頭に触れて、撫でる。むずがるように動いた倉間が自分を視界に映す。

「みなみさわ、さん」

眠気の残る頼りない呂律と声色。加えたつもりのない甘さを感じた気がして指の動きが止まる。
焦点はあまり定まっていない。寝惚けているんだろう。

「なんのゆめみてた」

口が勝手に動いた。発言に思考が追いつかず、言った自分が驚いた。
ぱち、と一度瞬いた倉間は問いかけを噛み砕こうと数秒の間をおき、のったりと答える。

「や、あんまり」
「おれだ」

聞き終えてすぐに言った。また無意識に。
ついていけない倉間がぼんやりと見上げる。正直言って自分も自分についていけていない。

「俺だろ」

繰り返す語調に力が篭もる。馬鹿馬鹿しい、これは馬鹿馬鹿しい。意識の外で自分が呆れる。

「お前がさんづけで呼んで夢に見るくらい好きなのが俺以外でたまるか」
「う、っわ」

今度こそ完全に覚醒したようだ。姿勢はそのまま、開いた瞳は驚愕そして――

「ひく」

理解できないという、実に分かりやすいドン引きだった。

「寝起きでやめてくださいよ…目覚め最悪じゃないですか」
「俺もお前の一言で最悪だよ、気分が」

溜息、そして胡乱な視線。デフォルトすぎて動じる気にもならない。
そのままめんどくさそうな声で口を動かす。

「だるいんですよ、寝起きって」
「そうだな」
「身体動かすのマジ無理っつーか」
「まあな」

無難な相槌、むう、と口をつぐんだ相手は、ちょいちょいちょいと指で呼んだ。
顔を寄せると鼻を意味なくつままれる。

「なに」
「アンタの機嫌とんのにすっげ気力いるんすよね、動く気ないんで運んでください」

思わず低くなる二文字、それを聞くつもりもなさげに放たれた言葉。
つまんだ指が離れる、頬を指がくすぐって、手のひらが触れる。
反応もできない俺を見て満足そうに小憎たらしげな笑みが浮かんだ。

「そしたら甘やかしてあげますよ」


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