結わえる


気がつけば、いやにだだっ広い真っ白な世界にいた。
見回しても何もない、遠くを見通せてるのやら見通せてないのやら分からないくらいに。
ふと、小指に感触。さっきまではなかったはずなのになんだろうと視線を移す。
糸だ。縫い糸よりは太く、毛糸ほどではないそれはこの世界に似つかわしくない、赤。

「赤い、糸」

ご丁寧にくるんと回って結んである。部位は小指。
これはあれか、あれなのか。
俗に言う運命の以下略。
いつの間にか巻きついたそれはなかなかに長く伸びており、ずっと先まで続いている。

「辿れって?無茶言うぜ…」

どうせ夢だろう、だったら起きたいと思えば目が覚めるかもしれない。
起きろ起きろ起きろ起きろ目覚めろ俺。
熱血ものの主人公みたいな呼びかけを脳内でやってしまい妙に恥ずかしい気分になる。
残念ながら景色は変わらないのでつっ立っても仕方ないし歩いていくことにした。

長い。これは長い、ひたすらに長い。
何もない世界を赤い糸だけを辿っていく流れにそろそろ飽きてくる。
それとさっきから違和感を覚えると思ったらこの糸、何かがおかしい。

「やけにぼろっぼろだな」

歩いていくうちに気がついたが、この赤い糸はところどころに結び目がある。
絡まって出来てしまったものもあれば千切れたのを無理やり留めたもの、綺麗に結びなおしたもの。
等間隔でもなくて、短いところに密集していると思えばだいぶ距離を置いて結んであったりもする。

「どんだけ切れてんだよ…結び目ばっかじゃん」

呟いた途端、耳に軽い音が届く。
舌打ちだ。確かに舌打ちだ。
驚いて前方を見るとこれまたいつ現れたのかそこにいたのは南沢さん。
眉を寄せ、とても不機嫌そうに手元の糸を結んでいた。

ん?糸?

「え、何してんですか南沢さん」
「見てわかんだろ、結んでる」

状況が理解できずに問いかけた俺に答えたのは味も素っ気もない態度。
さっき聞こえた舌打ちは紛れもなく目の前の人だろう。
見れば玉になってしまった部分からほつれ始めた糸を補強するように絡ませて結っている。
南沢さんが持つあたりは途切れた跡が特に酷かった。

「…そこまで頑張ります?」

つい口にしたところ、鋭い目線が飛んだ。
責めるような瞳で見つめ、低く言う。

「お前、俺と切れたいわけ」

かざす小指には、赤い糸。その先を視線で追えば結び目に繋がって、いた。
やっぱりそのオチか。
溜息ひとつつき、めんどくさいのを隠さずに一言。

「新しい紐にすればいいんじゃないすか?」
「一瞬でもお前と切れるのがやだ」

切り込むように返された。目が本気だ。
というか若干病んでる、これは病んでると思う。

あまりに驚いて、いくらか引いた拍子に目が覚めた。

「…夢でデレられても」

あんなデレ方も希望してないし。
時間としてはよく寝たはずなのにいまいちすっきりしない頭と身体をなんとか動かし、 枕元を見れば着信ランプひとつ。 見慣れた名前。時間もあまり経ってないので折り返してみる。
1コール、2コール、出た。

「お前、夢でくらいデレろよ」

なんて理不尽な。

「寝起きで責められるとは思いませんでした」


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