手をこまねいて


だらだらとした待ち時間は強制されたものではない。
選択肢があるからこそ、理由とやらが問われるのだろう。
既に着替えて帰り支度、机の鞄を持てば終わるのに座り込んで相手を眺める。
引いた椅子は壁際寄りで、お世辞にも行儀が良いとは言えなかった。
振り返った目がかち合う。そこに疑問が浮かんだ気がした。

「いやあ、南沢さんて残念なイケメンだと思って」
「俺からすればそれを面と向かって言うお前が残念だな」

口から出てきたのは喧嘩の材料に相違なかったが、切り返す相手はあまり単純でもなかった。
やる気のない会話が始まる。

「親愛ですよ親愛」
「お前俺が嫌いなわけ?」
「うざいとは思ってます」
「肯定か否定しろマジで」

中身のない言葉で見事に釣れた。
椅子の背凭れに手が掛かる。退路を断つには些か頼りないそれに動じず視線を受け止める。
片眉が上がり、揶揄めいた問いかけに苛立ちが混じった。

「なに?構ってちゃん?」
「ちゃんづけとか気色わりー」
「そうかそんなに塞いでほしいか」

鼻で笑う返しをほぼ遮って、了解も取らずに唇が重なった。
見詰め合うまま、舌を絡ませ擦らせる。吸い上げる動きに逆らわず、唾液が流れて喉が鳴った。 軽く歯を立てると解放する代わりに口内をまさぐられ、息が漏れるのに合わせてまた舌が絡みつく。 相手の二の腕を掴む。ゆっくり離れる濡れた唇を視線でなぞれば、先程零れた唾液を舐め取ったのち、自分の口の端も同じように。

「ふさぐってか、いれてんだろ…」
「言い回しやらしー」

呂律の怪しい様で愚痴を流せば、すぐに愉しげな声と表情が。
足を思い切り蹴り上げた。上履きの底が相手の腹に入る寸前で止められる。
舌打ちして力を抜くと、足首を掴んだ南沢の顔が夢に見たくはないくらい優しく微笑んだ。

「お前な、俺がこうやって優しい対応してるうちに悔い改めろよ?」
「罪悪レベルで」
「そうだろ、さっきからずっとそんな目で見てきて」

不遜な態度崩さず、最小限の答え。
捕まえた足をあっさり下ろして首元へ手が伸びる。喉仏に当たる掌の感触。

「煽りたい?ひどくされたい?」
「できるんすか、ひどく」

軽く押さえられた状態で首を傾げる。揶揄でもなく、疑問。
笑った顔へ浮かぶ、不協和音めいた感情。

「痛くなくてもひどくなんていくらでもあるだろ」
「されたことがないんで」

早口の応酬に作った笑みが消えた。自分は元より作ってなどいないが、これで対等な心情に持ち込めたといえる。

「要するに欲求不満か」
「違います、アンタが足りないんです」

壁に打ち付けられる衝撃で背凭れから一瞬浮いた。思わず瞬きするが、痛みは特にない。
椅子を動かした本人が一番、手に痺れやらを受けているのではないだろうか。
掌を肩へ置いて大きく溜息。落ち着けるようなその仕草はその実あまり意味をなしておらず、
見下ろす視線に含まれる堪え切れない何がしかの、色。

「最初からそう言え」

瞳の劣情に満足して、笑って相手を引き寄せた。


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