手段と心のインフレ問題


「うわああああああ!」

遊園地のアトラクションばりの叫び声と共に繰り出されたのは、平手。
拳じゃなくて良かったと思うべきか、そう考えることがもう負けに近いのか。

「あーびっくりした、なんですかマジで」

一回発散すればすっきりとばかり、いつものテンションで問う。完全に立場が逆だ。驚かされたのは明らかにこちらである。冷たいと思ったらコンニャクでした的なお化け屋敷で我に返ったような態度を取られて釈然としない。

「なんで殴られたんだ今…意味がわからない…」

予想外すぎて避けるどころか防ぐことすら出来なかった暴力は見事にヒット。
まあ横っ面を叩かれたというよりは押し当てられた感じだから痛いとはいえ許せる範囲ではあった。

「近かったから」
「理不尽」

あんまりにもあんまりな理由にツッコミにもならない。
顔を近づけてキスをしようとしただけでこの扱い、初めてでもあるまいし過剰反応いい加減にしろ。
短い返事に少しの間、倉間がじっと見つめてくる。

「怒りました?」
「いや別にいいんだけど」 

よくはないが、聞かれると口が勝手に動く。途端、視線が険しくなった。

「あんたが怒らないからっ…殴り癖が!なおらねえ!!」
「俺のせいか!?」

責任転嫁にも程がある申告。いや別に喜んでもいないだろ、普通は悪いなと思ったら自粛するだろ。そんなに毎度毎度、格闘ゲームのガチャガチャコンボよろしく殴られたいはずもない。とりあえずでたらめにしたら必殺技が当たりました、なんて現実であってたまるか。混乱するうち、倉間が眉を寄せ唇を引き結ぶ。

「そうだろばか。まじで馬鹿アンタばか」

落ち込む一歩手前、どころか既に落ち気味の声音につられて詰まる。思いはしても言わないあたり、否定も難しい自覚は少し、いや割と。困った顔で視線を外すのをしげしげ見つめ、感覚でそのまま口にした。

「ホントは普通にいちゃつきたかったり」
「するんだよ悪いかバカ!」
「言ったそばから!」

今度はガチで放たれた拳を手のひらで受け止める。ぐぐぐ、と押し合いながら、目もあわせずに倉間が言う。

「でき、ねぇから、困って…」

力が弱まり、俯いてしまうのをスローモーションのような感覚で見ていた。視線を伏せて、唇を噛んで、消えてしまいそうな語尾で後悔も滲ませる。掴んだ拳を両手でそっと包んだ。

「あのさ、」

顔を上げるのをじっと待つ。優しく握る手へ唇を落とす。そろそろと窺う表情に微笑みかけて、額を当てた。

「俺は怒ってないんだから、今からいちゃつけば?」
「っ!!」

染まる頬と同時に脛へ蹴りを入れられて、手を封じただけでは意味がないのを思い知る。
これは最終は頭突きでくるぞ頭突きで。もう悟りの境地に入りかけたところで、密着した額をぐりぐりされる。

「抱き付きたいから、手ぇ離してもらえますか」


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