折角だから勘違いさせてみた



「お前、俺のどこが好きなの」

大して抑揚もなく今まさに思いつきましたというていで問われた内容に湧き上がる気持ちを表情で返した。

「またきたよめんどくせーなーって顔やめろ」
「そこまで詳細に心の声読み取ってくれんなら学習してくださいよ…」

正しく掬い取った上でほんの少しの非難を含めて片眉が動く。 余裕ぶった表情をしているか、すかした様子で周囲を眺めているか、めんどくさそうな顔をするか。 基準のそれに当てはまらないものをいくつか見ている自分はやはり特別な存在―― この表現をするとなんだかむず痒いどころか微妙な気分になるのは何故か――なのかもしれない。
まあ怒る時は怒る、不機嫌な顔を部活中に見たことはある。
しかし、形容として拗ねたとかそういう部類のこれは貴重といえば貴重なんだろうと他人事のように思う。
更に要望が重ねられるのを察して、小さくはない溜息をついて雑誌を閉じた。

「人に聞くならまず自分から」
「いいぜ?」

相手を見もしないで言い放った言葉は即答で返され、え、と思わず視線を向ける。

「まず基本的にくそ生意気なくせに年上とか敬意を払うべきだと思ったらちゃんとするところ、可愛い。 自分の中で言い分がまとまってから文句言う、反射的な暴言は照れ隠しの割合が多い、 そうじゃなくても大概かわいい。俺に対してなんだかんだ従順、でも盲目かと思えば噛み付く。 素直じゃないのに素直、面倒見もあるよな。卑屈になりやすいくせに、根性はある」
「なんかいいです、もういいです」
「これからなのに」

語り始めは中身より本当に言ってる事実に若干の硬直に見舞われたが、 秒数が経つうちに完全に居た堪れなくなって片手を上げて止めた。恥ずかしいよりも、辛い。 楽しそうな顔で笑うものの止まってくれるあたり、と考えてやめた。
ここで赤面でもすれば反応としては上々かもしれないけれど、どちらかというと この人の趣味おかしいだろ、なんて感想のほうが強くて脱力したい。

「つーかほぼ褒め言葉から離れてませんか」
「なんで、お前の可愛いとこ、全部」
「そーすか…」

ストップをかけた手そのままに問いかけるも、ん?と軽く微笑む謎の人物、性は南沢、名は篤志。
なんだかもうどこを指摘すればいいのか考えるのも無駄な気がして適当な相槌が零れる。
頭に入るか怪しいがもう一度雑誌を開こうとする矢先、短い催促。

「で」
「え?」
「お前は」

一度、瞬き。そういえば話が終わった気になっていた。
倉間は素で問う。

「言うんですか」
「むしろ本題だろ、言わせといて放置か」
「俺が得るものひとつもなかったですけどね」

こら、と雑誌を没収されて手持ち無沙汰に首の後ろを掻く。痒いわけでもないが。

「ほら言え」

怒ってない、けれど引く気も見受けられない。
ふー…とあからさまな息を吐き出して、おざなりに両手を組んでみる。

「ないです」
「おい」
「嫌いなとこ数えたほうが早いですよ。ひとっつもねーし」
「いや、どんだけだ」

簡潔な四文字、対する二文字。
それで済ませられるなら僥倖とはいえ、瞳に感情が乗って見えたので続けることにした。
組んだ手の片方を動かして数えるふり。あくまでふりなので意味はない。
続くクレームに心を決めた。

「まずむかつくし、えらっそーだし上から目線の割に的確に言ってきたりするしむかつく。  けっこー考えてるくせに表に出さないし問い詰めてもかわすし自己完結癖つけすぎ、むかつく。  めんどくさがりなポーズとっといて生真面目、変なところでまとも、でもヘタレ、どっか抜けてる。  常に惜しい、なのに隙がなかったりする、むかつく、うざい、むかつく」

むかつく、を繰り返すたびに篭もる感情が増していった長文演説は相手の口元に浮かぶにやつきと 嬉しそうな瞳の色によって強制終了となった。主に現在進行形の鬱陶しさで。
奪った雑誌を脇にどけた相手がにじり寄る。 下がって面白がらせるのも煩わしくて詰まる距離を受け入れた。
腕がゆっくり上がる、頬へと伸びるそれを意識しながら、睨むようにじっと見る。
ふてぶてしいくせに、どこか安堵を含ませたその表情。嬉しそうな声が届く。

「おまえ、俺のことめちゃくちゃ好きだな」
「あーまじうっぜー、本気うっぜー」

触れた掌が熱く感じたのは今更変化しだした自分の体温のせいではないはずだ。


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