その三文字は禁則事項


何をするでもなくぼんやり肘を突く。窓の外は曇り空で、なるほど梅雨入りなだけあって不安定だ。
どうも動く気になれないまま傾いだ頭をてのひらで支えていたところ、傍らで雑誌を開いていた倉間から声が掛かる。

「五月病は月内ですませといてくださいよ」
「ちがう」

安定の対応で思わず心なしか声も低くなった。
取り留めのない思考から現実へ引き戻されるのはまだしも、いきなり拝聴するのが嫌味とは。
一度こちらに視線を寄越した後輩は、誌面へ意識を戻しながら口早に言う。

「アンタ中途半端に繊細だから勝手に自滅とかガチめんどくさいんで」
「お前は本当に俺が好きなのかたまに問いただしたくなる」

限りなく本音が出た。思わず真顔。言っておくが面倒くささならお前も相当なものだと――分かっていて喧嘩を売るのが倉間である。何よりもその台詞回しというか、心配してると感じられないこともないあたりが把握し辛い。
実際、胸倉を掴まれて逆切れ告白を受けたこともある身の為、自滅に関しては触れないでおこう。
その思考、およそ数秒。返事を期待しての発言でもなかったので、聞こえた音に反応が遅れた。

「じゃあ、」

僅かのタイムラグ、しかし声の続く気配なし。相手の横顔を見つめる。

「なに」
「いや、なんでもないです」
「どこが」

慌てて答える相手の指はページをめくらず、誤魔化すようなぞった。
あからさまな怪しさを見逃してやれるほど優しくもない。そして倉間はこちらを見ない。

「マジ大したことじゃないんで」
「なら言えるだろ」
「しつこい!」
「今更」

ついに荒げた声は防御反応。答える音が笑いを帯びた。
重ねた追求に癇癪を起こそうが怯えもしないし、やめるどころか好機と思う。
ぐ、と唇を引き結んだ様子に、そろそろ限界かと妥協点の模索。
だがその一瞬の間、開き直った叫びが届いた。

「冗談でも言えなかっただけですけど?!」

確かに脳内で文章と知覚したそれは、理解するのに努力を要する。
散々、きもいとかうざいを繰り返しておいてそれはなかった。
なかったけれど、ヤケで言い放つ倉間の顔がほのかに赤いことが全てをどうでもよくしてくれる。

「俺も聞きたくない」

顔を寄せて、吐息の距離。

「から、素直に言え」
「黙秘します」
「まさかの」

近づいたぶん、さらに染まった色は耳まで。
往生際悪く反抗する相手は口を閉ざす代わり、自分から残りの空間を詰めてきた。
乾いた音と、吸い付く感触。一度触れたのち、ねだるように食んでくるのを拒めるだろうか。
あやすように軽く舐め、溶け始めた瞳を覗き込む。

「ほんと、お前に甘いな」

語尾は噛み付かれたキスに溶け消えて、味わう為に頭を支えた。


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