薄皮一枚めくってみれば



「こう、クラスで流行って回ってくる時とかあるよな」
「エロ本ですか」
「健全な中学生男子たるもの、興味を持つのは悪いことじゃないと俺は思う」

また訳の分からないことを言い出した。 この先輩の思考回路を理解するのは不可能じゃないかと溜息をつきたくなる。 そんな倉間を知ってか知らずか、部屋に入ってからすぐに下ろした鞄へ目を向けて、一言。

「断ったけど鞄に入れられてたから、かさばるなーと」
「え、まじで」

思わずザッと視線を流す。見慣れた通学鞄が触っちゃいけないもののように思えてくる。
言うだけ言って取り出しもしない、明らかに興味のなさそうな様子についつい話題を続けていく。

「ないんすか、好奇心的な」

別に見てもいないのにそわそわとしてしまう。
部屋の隅へ意識を向けながら聞いてみると、相手が事も無げに言った。

「いや、それよりもこのネタでどぎまぎするお前の方がよっぽどオカズになるし」
「俺、一回ハイキックってやりたかったんですよね」
「まあ事実はともかく、」
「それ冗談はって言うとこだろ!訂正しろよ!」

瞬間、倉間のテンションと機嫌が格段に落ち、低い声で切り捨てた。
対する南沢は一度ゆっくり瞬いてみせ、すました態度で言葉を繋ぐ。
机に手を突いて身を乗り出す。相手の片眉が跳ねた、不機嫌の合図である。
コップの中のお茶が小さな波を作り、いくつか散った雫が点々と。
明らかに悪くなった空気をものともせず、身じろぎもせずに睨めつけてきた。

「お前で抜いて何が悪い、そんなに襲われたいか」

声音は本気だった。

「最低な開き直りを……」

机から手をどけ、物理的にそして心理的に距離をとる。
さすがにドン引きだった。
そんな宣言をされても嬉しくないどころじゃない。

「だいたい、部活の時とか一緒に着替え…、て、」

自分で言って自分で青ざめた。
事実は更なる真実を生んだ。

「まあ見てたよな、ガン見だな」
「うわあああああああ!」
「安心しろ、対外的には騒がしい後輩を見守る先輩の図だ。お前ら着替える時も、うるせーんだよ」

しなくていいのに肯定の意が返る。
耐え切れず頭を抱えて叫びながら後ろへ下がった。
淡白な相手の様子が更に怖い。

「隠し撮りとかしてませんよね?!」
「おい俺の評価落ちすぎだろ」
「たりめーだ!変態!」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ倉間を煩そうに見遣り、顎に指を当てて南沢がひとりごちる。

「写真なあ…実物に勝るもんはねーし、あってもいいけど」

ちらちらを視線を寄越されるのもこの状況では心臓に悪い。本人の前で分析などされたくもなかった。
あ、と思い出したように指を立てる、相手。

「ただ、この前お前が寝言で俺の名前呼んだのは録画した、ムービーで」
「火急的速やかに消せ!今すぐだ!」
「難しい言葉知ってんな、えらいえらい」

下がったぶんを一気に縮める速さで詰め寄った。
さっと携帯を確保した南沢がぷらぷら振りながら嘘臭い爽やかさで笑う。

「はは、安心しろSDカードに保存ずみだから」
「〜〜〜〜〜っ!!」

相手の襟を引っつかんで揺らしにかかるも全く動じてくれない。
がくがく揺らされつつ、決め顔で言い放った。

「人んちで寝こけるお前が悪い、そして襲わなかった俺マジ紳士」
「紳士はさっきからのゲスい発言しねえよ…」

もはや項垂れるしかない倉間を楽しそうに見つめ、頭を撫でてきた。
完全に遊ばれている。
脱力して、叫んで疲れた喉を潤そうとコップへ手を伸ばしてぎょっとする。
水滴の被害に合わなかった自分の携帯がいつの間にか南沢の手の中にあった。

「プライバシー!!」
「じゃあロックくらいかけとけよ」

手馴れた様子で端末を弄る指は軽やかだ、何故触ったことのない機種で迷わないのか。
上機嫌に操作する南沢がデータフォルダを漁っていく。

「さてさて、倉間くんの画像フォルダはー、っと」
「ちょっ…!」
「お前、分類が細かいなー、ん?保存用?」

それは、と止める間もなく中を見られた。
フォルダロックしておけば良かったと考えてもあとの祭り。
だがしかし、仕舞い込まれた保護付き画像を見て固まるのは南沢の番だった。

「南沢さん?」

呼ぶ声に反応はない。
てっきり揶揄を含んだ嫌味な笑いでもって弄り倒されると思っていたが、なんだか様子がおかしい。

「あ、…え?」

画面に映るそれを見て、うろたえる表情はとても珍しかった。
びっくりして見つめているうちに、顔を押さえ携帯をそのまま投げて寄越す。

「うわっ」

慌てて受け取り、開いたまんまの原因へ視線を落とす。
数少ない機会を逃すまいと隠し撮りした、南沢の寝顔だった。
口元を押さえたまま距離を空ける相手はすこぶる挙動不審、視線を逸らした横顔が微かに赤く染まっている。

「え、照れた?これで?これでえー?!」
「うるさい」

口早に被せる台詞はぶっきらぼう。倉間を見ようともせずにまた後ろへ移動する。

――なんてダメな人だ。

毒気など何処かへ行ってしまった。お互いに。
そろり、相手に近づくと、文句があるのかとでも言いたげに睨む。
服の端を、指で掴んだ。

「あの、俺、アンタが思ってるより割と好きですよ?」
「……うん」

小さく呟かれた返事は、およそ聞いたことのない殊勝なものだった。


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