導火線、着火済み


お前俺のこと好きだよな」
「脅迫ですか」

語尾に疑問系の欠片さえない、断定形の文言。
帰り支度を終え、ふと目の合った瞬間にずい、と足を踏み出した相手。
突然すぎる申し出に付随するまさかの威圧感、切り返しは間違っていないと倉間は思う。

「じゃあキスするか」
「起承転結って知ってますか」
「四コママンガじゃねんだからオチはいらねえよ事実があれば」
「まずその事実が生まれてませんから」

問い掛けは無視され、提案がひとつ。何が、じゃあ、でどこから繋がってくるのか。
動揺より何より話は通じるかどうか不安になってくる。
世間話の延長といったていで続けられる発言は耳を疑うには十分で、思わず半目になって突っ込みが重なった。
表情も変えぬまま、さらりと髪を掻き上げて南沢が告げる。

「俺がお前を好きだからだよ」
「へー」
「棒読みすんなコラ」
「リアクションの取りようがねーよ」

感慨も戸惑いも一切ない反応を受けさすがにムッとしたか片眉が動く。
とはいえ脈絡のなさが果てしないこの状況で何をどうすれば良いのかさっぱり分からない。
不機嫌めいた声に同じようなトーンで応じ、頭をがしがしと掻いた。
その間も自分へ視線を送り続け、ねめるような瞳がこちらを捉えて居心地が悪い。

「お前に触りたいしキスしたいしあわよくばそれ以上のこともしたい、それには言質がいるだろ」
「そこまで自己中だといっそ清々しいですね」

やっぱり真顔で放たれたのはとんでもない内容で、もはや溜息。
すげなく呟いたのち、深々と吐いた様子を見て二度目の不服に表情が少し変わる。

「なんでお前そんな淡々としてんの」
「壮大なネタかと思って。オチはいつですか」

答えるが早いか、相手の手が伸びた。
身構えるより先に胸へ当たる。

「ちょ、」
「すっげードクドクいってる」

左の、心臓の部分にぴたりと触れる掌。
緩む口元、笑う声色。
鳴り響く鼓動が伝われば、瞬く間に熱を持つ、顔。
耳や首元まで染め上げて俯いた。
頭の中まで聞こえる脈拍は、早鐘のよう。
安堵の息を微かに吐いて、掌を当てたまま相手が微笑む。

「なんだ、マジで脈なしかと思った」
「よくそれでぐいぐいこれますね」
「だってお前逃げないし」

言い切る相手に唇を噛む。馬鹿馬鹿しい小競り合い、駆け引きとも言えない無駄な時間。
それは全て結果があるからこその言い訳に過ぎない。
乗ってしまって痛い目をみたくはなかった、それだけだ。

「逃げねーの?」

覗き込む笑い顔、指が顎を持ち上げて目線が合わさる。

「今更逃がしてくれます?」
「まさか」

零れるのは嘲笑に近いが自分に向けられたものではなかった。
額が触れ、瞳が酔うように揺れてうっとりと紡ぎ出される。

「でもお前からがいい」
「んなもん待ったら部室で一夜明けますよ」
「そうか二人きりだな」
「ポジティブか!」

なけなしの抵抗も調子に乗った当人に通じるはずはなく、それはもうにこやかにかわされた。
この男と今日残ってしまったことこそ、本日の敗北の一因であると今更気付く。

「倉間」

逃げる視線がついに捕まる。鼻先が掠り、呼吸が皮膚を擽った。
首筋から指が辿って頬をなぞる。真剣な眼差し。

「言ってくれないとキスできない」

逃げ道を断たれたのを、悟る。


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