いえ、そんなことありますよ


「え、いますけど」

大した意味のない問いのはずだった、表向きは。
別に何かを求めていたとかではなく、本当の本当に気の迷いで、むしろ魔が差して、 世間話の延長としてさらっと口にしたのだ。
好きな相手は、いるのかと。

「え」
「いや、だから答えたじゃないすか。いますって」

簡潔に返された答えに思わず止まる。
照れもなく、何を言ってるのかといった様子で軽く発言を重ねる倉間。

「ああ、そうだな」

相槌を打って前を向く、丁度曲がり角だ。 なんなんすかいきなり、だの零す相手はごく自然。完全に話題が終わっている。 終わっても構わない、構わないが問い掛けたことをひどく後悔した。
どうして聞いた、何故聞いた。マイナスになりこそすれプラスになる要素があったとは到底思えない。
現に結果として勝負の前に敗北を喫した訳で、そもそも勝利以前にフラグも立つはずがなかった。
懐かれている、慕われている、好意は明白。しかしそれは親愛であって自分が期待をもつところじゃない。
分かるから、分かりすぎるから『憧れの先輩』に甘んじていたのに己で突き落としにかかって何が楽しいのか。
数分前の自分の口を塞ぎたい。

「で、南沢さんは?」
「は?」
「は?じゃねーよ、人に聞いといて」

角を曲がる間に長文思考をやってのけたすぐ後、聞き返されて理解が遅れた。
先輩にその言葉遣いはどうなんだと思わないこともないが、倉間には今更だ。
この踏み込んだ、踏み込ませた距離感が心地良い程には、相手を住まわせてしまっている。自分の中に。
何だか投げやりな気分になって、適当に口を開いた。

「あー、俺失恋したから、絶賛傷心中だから」
「え?!いつですか!」

途端に食いついてくる勢いが恨めしい。
驚きより明らかに興味が勝っていた。
ちょっとわくわくしてないかお前、なんか楽しそうじゃないかお前と言いたくなる。

「いやもうほんと、つい最近」

完全に捨て鉢気分で告げてみれば、神妙な面持ちで倉間が肩にかかる鞄の紐を握る。

「南沢さん……人に対してそういう興味あったんですか…」
「おいそこからか。なんだその驚愕の事実扱い」

さすがに反論した。こいつは人を何だと思って、そこまで考えて自棄になる。 思ってない、思ってないから言える。
まあ本当に落ち込みでもすれば慌ててフォローするくらいにはお人好しだろうが、 ここまで素晴らしい反応をされるといっそ砕けてしまおうと思えてきた。
まさか南沢さんが、とかまだ呟いてる倉間を一瞥し、雑に言い放つ。

「おまえ」
「え?」
「お前だし」
「なにがすか」

きょとん、とこちらを向くのは素朴な疑問と共に。

――ああもう、どうでもいい。

「俺が失恋したの、お前」
「へー……、へ?…え?」

流すような返事、のち、表情の停止。

「えええええ?!」

驚きと一緒に足も止まった。半歩進んだ自分もその場へ留まる。
叫んだまま開きっぱなしの口をぱくぱくさせ、倉間が片足で地面を蹴った。

「俺、振ってませんよね?!」
「ツッコミそこなのか」

踏み出す勢いでの発言としておかしい。
今更何をどう拒否されようが痛くも痒くもないが、その返しは予想外だ。
至極真っ当に返事をすれば、少々不機嫌な倉間の声。

「ていうか、振りませんし」

真顔に戻った、というか拗ねたように感じるその表情。
意味が分からず、眉を顰める。

「なんで勝手にふられてんですか、俺が好きなのアンタなのに」

続いた言葉に意識の外へやった感情が押し寄せる。 口元を押さえ、たたらを踏んだ。
倉間が慌てて腕を掴み、相手のほうへと傾いで止まる。
重なる視線、急速にわき上がる居た堪れなさ。

「わかりやすくしろよ!」
「キレられる筋合いねーよ!」
「じゃあお前いまから俺のだからな!」
「ぶっ」

罵り合いは低次元、付随して叫べば倉間が思い切り吹いた。

「ふ、ガキですか、あんた…っ」

完全にマジウケで笑い出すのも可愛く思えて腹立たしい。
掴まれた腕は振り解かず、片手で抱き寄せる。小刻み震える相手はまだ笑っている。

「ガキだよ。ガキでいいから、俺の」

力を込めると、二の腕に触れる倉間の指が衣服を引っ張った。
笑い声がやんで、両手が伸ばされ擦り寄る、体温。
改めて抱き締め、甘えるように髪へ口元を埋める。倉間が囁く。

「そういう残念なとこ、他で見せないならいいですよ」


戻る