まとまらないのは認めないからさ


「割と聞きました」

つれない返しも慣れてしまえば何のことはない。
言葉遊びのような会話は日常で、揶揄と反論はセットでリピート。
こちらとしてはからかいのつもりも全くないが、そう受け取られて「うぜぇ」の嵐。
降り積もる暴言は照れの連鎖と気づくのにそう時間もかからなかった。
何より、嫌われていて引き出せる表情でも態度でもないのだから。

今日もそうなると踏んでいた、分かって言うのは性格が悪いとこいつは言うが、 素直な気持ちを表すのに何の罪があろうか。否、あるわけがない。 そんなこんなで倉間が遊びに来た自分の部屋、雑談に交えて口走り、鼻で笑うだろうと想定する。 が、しかし。一刀両断どころか箒で掃き捨てる塵のような扱いを受けるそれが、何の間違いか正しく相手に届いたらしい。
特にどうということはない、ただ、なんとなく、しみじみと、思ったから音にしただけだ。 はあ?と睨んでくるはずの瞳は揺らいで困ったように視線をあちこちへ向け、 どうにか俺を見ないようにと頑張っている。 顔ごと違う方向を向いたらどうだ、と思わないこともないけれど面白いのでそのままにしておく。
実際、俺も少し混乱してる。意味が分からない。あれだけ切り捨て続けておいて、今更何を照れるところが。
隣に座って見詰め合う、シチュエーション的には完璧と言わざるを得ない。
ようやく顔を背けることに思い至った倉間、ふと好奇心が湧いて耳元へ唇を寄せた。あからさまに跳ね上がる、肩。

「かわいい」

囁くや否や、裏手が飛んでくる。容赦のない勢いをなんとか手で掴む。
こいつはテンパったらとりあえず殴ろうとするからめんどくさい。
捕まえた手に唇を落として、もう一度言う。

「かわいい」
「可愛いは一回!」
「ぶはっ」

ハイは一回、のノリで言われて思わずふきだした。
散々逸らしまくった視線を睨むものに変えて、ようやくこちらを向いてくれる。 そんなにガンをつけたところで顔が赤けりゃ可愛い以外の選択肢はないんだが、 禁止されてしまったので代替案を考えた。

「じゃ、すき」
「黙れ」

被せるような即答。ますます笑える。
悪戯心も浮かんできて、指で頬を擽った。

「なに、いつも軽く流してくんのに」

弾かれる手、視線の鋭さが増して噛み付く態度で声を荒げる。

「こっちは受け流すのを整えて返事してんだよ!全部聞いてたら身がもたねえしアンタ調子乗るし、いいことなんかひとっつも……っ」

最後まで言葉が続かず表情が止まる。一瞬青ざめ、ざっと後ろに身を引く。追いかけて這うように距離を詰めた。
目を見開いた相手に笑みを向けるとぎゅっと目を瞑る。腕を伸ばして、髪をわしゃわしゃと撫で、指で梳く。
眉間の皺が少しだけ消え、それを確認してから、覆い被さるように抱き締める。 う、と困ったような声が聞こえ、喉の奥で更に笑う。

「どうでもいいって顔しといて?」
「うぜえ」
「こいつ何いってんの?みたいな時もあったな」
「本音も入ってますんで」

口の減らない倉間は抵抗する様子がない。床に手を突いているから出来ないとも言う。
宥めるように背中へ触れて、頭の上からもう一声。

「いとしい」
「げぇほっ」
「咳き込むのか、新しいな」

想いを紡げば、腕の中でもがく動き。物凄く面白い。
感心するていで呟くと頭をぐりぐり押し付けられた。
これがもし立っていたら鳩尾に膝蹴りの一発も入っていたと予想する。体勢に感謝しよう。
ぐ、と後ろに押される感覚。倉間が前方に勢いをつけて体重をかけてきた。床から離れた腕が首へ回される。
もう少し強かったら倒れていたかもしれない。擦り寄る体温を味わいながら、ベッドへ背を凭れてバランスを確保。
くぐもった声が、小さく聞こえた。

「アンタばっかり、むかつく」
「なにが」
「余裕で、からかって遊んで」
「遊んでない」

言い切ると腕の中で震える相手。少し力を緩めて促せば、おそるおそる顔を上げる。
赤く染まっているくせに、窺う表情、滲むのは怯え。たまらないと思うと同時に、微かな怒り。

「本気だから、いろんな顔が見たいんだろ」

見つめたまま顔を寄せる、誘うように開く唇に舌を入れた。 動かない相手の口内をなぞれば、ゆっくりとすり寄ってきて、こする。 殊更時間をかけて絡めて吸い上げ、視線がねだるのを待つ。 とろん、と瞳が溶けたのを確かめ、強く擦り合わせる。 鼻から抜ける吐息は甘く、一度離すと物足りなげに倉間の唇が動く。

「みなみさわ、さん」

首にかかる手へ力が篭もり、口を開けながら目を瞑る。 相手から伸びた舌がこちらの口内へ入り、舐め回しては絡みつく。 好きにさせながら、頭を押さえて深く唇を重ね合わせた。

「ん、ふ」

呼吸の限界でようやく唇を離し、甘えきった表情でくたりと倒れ込む。
唾液で濡れた場所から零れだす音はひどく柔らかい。

「むかつく、すげぇむかつく、すき」

息を飲んで反応の出来ないうちに胸へと埋まって隠れてしまい、定位置とばかり収まった。
鼓動が伝わる、速い。俺だって負けないくらいに速い。空を仰ぎ見る動きをするも、ここは室内、天井が見える。
視線を戻すと見えるのは頭部。体温が、重みが、腕の中の存在をこれでもかと主張する。これは、自分のものだ。
ともかく、しばらくは顔を見せてくれないこと確定の相手をどう愛でるか考えて、腕に力を込めた。

「ほんと腹立つくらい、可愛い」


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