えり好み、極まれり


それを目にしたのは偶然だった。
無造作に放られる先はゴミ箱で、蓋つきのそこは投げ入れてしまえば当番でもない限り開けようとも思わない。
ぱさ、と軽い音。聞こえただけなら無問題、しかし目にしてしまった。
あからさまなラッピングの施されたプレゼントだった事実を。
そのまま踵を返しかけた先輩は凝視する自分に気付いて、少しだけ表情を変える。つまらないどころか何とも思っていないすました顔から、なんだいたのか、という感想へシフト。間違っても「やばいところを見られた」なんて殊勝な方向にはいかないようだ。

「いつも、そうしてるんですか」
「直接来たら断ってる。ああいうのは下駄箱とか机だな」

挨拶もなく咎めるような言葉を口にする。事も無げに答えてくれた内容は簡潔。
ついつい視線が険しくなるのを受けて、ほんの僅か眉が動く。

「重いんだよ、正直」

吐き出された言葉の意味、持っていた手を所在なげに動かす仕草。
人気のある苦労だとかは分からないし、だからと言って説教をしたいわけでもない。ただ、送りたい側のことを考えてしまって責める気持ちがわいたのだが、幾らか葛藤があったことはさすがに窺い知れた。
単純に思ったのは、この人には不要ならそれが全て。

***

ホーリーロード優勝は結構なステータスらしいと今更ながら感じ始める。元々人気の神童はともかく自分や浜野にまで黄色い声が飛ぶ状況はいっそ不思議の域。
ごくごくたまにではあるが好意を受ける時もあり、そのたび脳裏をよぎる一言。大変迷惑な話だった、これでは嬉しいと思う前に気分が落ちる。そんなもので影響されないくらいの相手を見つけろという思し召しだろうか。
なかなかの課題だと息を吐いた。

「なに、もうバテた?」

タイミングよろしく本人様のお声掛けで休憩時間に意識が舞い戻る。和解してからというもの積極的に関わってくれるお節介は革命選抜以降も続いていた。
もう見慣れた他校ユニフォームはあつらえたように似合っているし、記憶に違和感を覚えるほど。
憧れて見つめた姿は色褪せず胸に残り、大事に持っているけれど、常に重なっていく新しい輝きはまた別だ。
結局のところ、南沢篤志が南沢篤志である限り、定めた目標が揺るがない。

「南沢さんが優しくなって天変地異だなって思ってただけです」
「俺はお前には優しいだろ」

鼻で笑うだろうと思った軽口は何故か少し拗ねたような反論で返された。理解が追いつかず怪訝な顔をした直後、罰が悪そうに視線を逸らす相手。どうもモヤモヤしたまま、集合のホイッスルが鳴る。

ついつい白熱してしまい、気付けば夕暮れの色が濃い。ぽつぽつ残るメンバーと挨拶を交わし、グラウンドを後にする。サッカー棟へ向かう道すがら、倉間くん、と遠慮がちな声。
隣のクラスの女子だった。合同授業で何度か見かけた彼女は落ち着きなく視線を彷徨わせながら、おずおずと両手を差し出した。青いラッピングの、プレゼント。驚きに固まり、数秒で復帰。勇気を振り絞った女子の行動を無碍にしてはいけない。そっと受け取ると嬉しそうに微笑み、応援の言葉をくれた。

ロッカーへ辿り着いて頭を打ちかける。何を話してどう歩いてきたか若干怪しい。
ホーリーロード予選から見ていてくれたこと、本当はもっと早く声を掛けたかった、そして明確に告げられはしなかったが「ずっと応援している」の意味合いを額面通りとするには大きすぎる好意が伝わった。たぶん、本当にこれは倉間の思い込みかもしれないが、彼女はその雰囲気を察して戸惑った自分へ気を使ったのでは。一度だけ閉じてすぐ開いた唇の動きが紡ぎ出したのが無難なセリフとくれば、さすがに考える。苗字さえ不明瞭という失礼さなのに、そこまで想われるとはありがたいやら申し訳ないやら。
自らロッカーの扉に頭を当てて、深呼吸。毎度毎度、比較対象が浮かぶのもやりきれないが微妙な納得。

「これを、毎回は、さすがに」
「何が」

独り言が拾われ、びくりとする。
完全に気を抜いていた。慌てて姿勢を正すと帰り支度を終えた南沢が入口に凭れて腕を組む。
確か自分より早くあがったはずだ、まだ混乱のうちにある倉間の問いはひとつ。

「暇なんですか」
「帰りかけたらイベントが始まってたんでな」

ちらり、寄越された視線で把握。居た堪れずロッカーを開けてプレゼントを隠した。
ふ、と吐き出す相手の笑い。

「告白された?」
「いや、そこまでは……」

何がそこまでなのか。そしてなぜ詰問めいているのか。
どうしてか自分が悪いような気分になって――南沢の眼差しのせいだ――まともに顔が見られない。

「鬱陶しいな」

吐き捨てる、あからさまな怒り。扉の閉まる音と踏み出す音が重なる。
射竦められた自分へ簡単に距離を詰めた相手が背後の金属へ拳を叩き付けた。
頭に直接響く乱暴な軋み。

「あんなのでお前落ちんの」
「は、」

真っ白になる。怒気を孕んだ瞳は悔しさと焦りも見て取れて、それはどう考えても八つ当たりだった。
筋合いもない、と言ってしまえばそれだけの。だが単純には済まされない理由とは。
撃ち抜かれて呼吸を止める。必死な色、熱情、向けられた破壊力。
喉はからから、背中に伝う汗。なんとかひねりだす反論はいつかの。

「重いって、いったくせに」
「お前のなら潰れてもいい」

言い切る声の強さ。それに反して、だから、と掠れた音程が届く。

「潰すようなのは嫌です」

勝手に動く口がはっきり告げる。瞳が揺れた。

「幸せになってください」

ぐらり、傾いだ相手が自分に倒れ込む。
思わず抱き留めてロッカーを背にずるずる落ちていく。緩慢な摩擦がもたらす現実味は曖昧だ。
床に座り込んで一応の安定、そして動いてくれない南沢。

「あの、誰かきたら」
「わかってる」

極めて深刻な事態に今更気付き、呼びかけるもぴしゃりと即答。
のったり顔を上げた相手は助けを求めるみたいに顔を寄せる。

「わかってるから、倉間」

全然まったくわかってないと思いながら、大人しく目を閉じてやった。


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