通過儀礼を君へ


渡り廊下の端っこ。そこは何故か告白スポットになりやすかった。
中途半端に校舎の影になり、木もちょうどいい具合に生えていて、自分も何度か呼び出されたり呼び止められたことがある。 その場所に今、目を疑う光景が広がっていた。

おずおずと差し出される可愛らしいラッピング、頭を掻いて受け取る仕草は微笑ましいといえばそうかもしれない。
当事者が、倉間でなければ。
足早に女子が駆けて行くのを見送って数秒、片手に包みを持ちぼんやりとしている頭を軽く叩く。
驚いたように振り返った後輩は、俺だと確認して、みるみるうちに小憎らしい表情を浮かべる。

「なにお前モテてんの?倉間のくせに」
「そんなテンプレな暴言聞くとは思いませんでした」

へッ、と鼻で笑って反論する様は実に可愛くない。
甘い匂いの漂ってくる元へ視線を向けて、顎で示す。

「で?告白」
「まさか」

笑い飛ばす倉間の声は軽かった。しかし。

「調理実習だったし、女子が。サッカーの試合見てたって」

文法のおかしい様子で説明する相手からは照れのようなものが見受けられて頭の隅に何かが引っかかる。
気付けば手のひらの包みをひょいと持ち上げて奪っていた。

「え」

止まる後輩。自分も止まった。指先でつまんだラッピングの端はさらさらとした感触で気持ちいい。

「いや、何してんすか」

真顔で突っ込み、手を伸ばす倉間を数回交わし、頭の上にちょい、と乗せてみる。
何というか嫌がらせだろう、これは。まあ原動力を問われたとして、答えを挙げるなら。

「なんか気に食わなかったか……ら?」
「聞かれても」

口にしながら首を傾げれば、半目で手首を払われた。こしゃくな。
もう片方で器用に包みを受け止め、そのまま鞄へとしまい込む。
こいつのこの、律儀というか真面目というかこんなところがパッと見の性格に反して好かれる長所なんだろう。
いつもつるんでる二人や、他の二年生、サッカー部メンバー。 倉間の性格を分かった上で好意的に接する奴は少なくない。 外野からでも気付いた、訳だ。じわり、黒いものが胸に広がるが、まあ大したことじゃない。

「なんすか、アンタのがよっぽどモテるでしょーよ」
「それは否定しない」
「マジむかつく」

完全に呆れた態度と鬱陶しそうな口ぶり。無意識に指で前髪を弄る。
呟くのは罵倒に程遠い一言。眉を寄せる表情がたまらなく面白い。
腹が立つなら離れればいいのに、会話を続けるあたりがなんとも馬鹿だ。
こんな口を利きながら、しばらくすれば当たり前のように傍に寄る、駆けてくる。
特権は、単独だからこそ価値のあるものだ。
再度伸ばした手で相手の髪へ触れる、くせっ毛が指に絡むのを確かめて些か乱暴にかき回した。
うわ、と声が上がるのに喉から笑いが漏れて、目を瞑る倉間の頭を何度も撫でる。

「ま、覚悟してろよ」

ボサボサになったところを開放して、申し訳程度に手櫛で整えた。
不機嫌めいてそうでもない表情を盗み見て、つむじへ当たる場所へ手のひらを置く。

「闇討ちでもされるんですか」
「はは、まさか」

軽口を叩くのもいつも通り。またなと肩へ触れて踵を返せば、ちょうど昼休み終了五分前。
チャイムに負けじと元気な挨拶を背中に受けて、ひらひらと後ろ手を振っておいた。
しばらく歩いて、ポケットを探る。くすねたものを取り出して笑う。
女子ってのは強かだ、チャンスを活用する機会を逃さない。褒めてやりたいが、まだまだ甘い。
クッキーが割れないようにと薄い紙を幾重にも重ねたラッピング、そこへ折り畳まれたメッセージカードに倉間は気付いていなかった。 開かれることもないそれを、くしゃりと握り潰す。
内容がどうだろうと関係ない、届かなければないのと同じだ。

「それよりもっと怖いことかもな」

口の中で小さく呟いた言葉も、倉間に届かず風に乗った。


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