意気地なしのフーガ


瞼が重そうなあたりから、いつ限界がくるのかと若干の観察みたいになっていた。
こくりこくりと舟をこぐ倉間は凭れる安定を求めてベッドへ寄る。
しかし眠気に負けたのか上がるのが面倒だったのか、上半身のみべちゃりと倒れ込む。
布団に埋まった顔からは今にも寝息が聞こえてきそうな気配だ。

「そこまでいくならいっそ上がれー?」

そんな中途半端な姿勢で寝れば立て膝のようになって痛いだろうと脇の下へ手を入れて支える。
なんとか顔を布団から離してくれた倉間はぼんやりと自分を見た。動く素振りを見せたので邪魔かと腕を退ける。
途端、ぎゅう、としがみつく、体温。

「くら、ま?」

反射的に固まる身体。行き場のない両腕が宙に浮く。

「んん……」

擦り寄る仕草は無防備すぎた。室温に反し、嫌な汗が背中に滲む。
これは完全に寝惚けている、抱き付いたのも南沢を認識したというより布団の延長線だろう。
しかし分析はどうでもよかった、何かしら考えていないと理性を保てない建前をもってしてもこれは辛い。

「くーらーま、こら、寝るならあっち」

肩を押さえてなんとか引き剥がす。一瞬、ぱちりと目を開いた相手の瞳は未だ夢うつつ。
見上げる視線は割といつものことなのに、険がないだけでこの破壊力。
無意識に頬へ手を伸ばし、触れる直前で思い留まる。

「なあ、倉間」

口が勝手に動いた。

「おれのことすき?」
「すきです」

焦点のずれたまま答える音。
予想だにしない即答に少しの欲が出た。

「どのくらい」
「アンタが知らないくらい」
「ふ、日本語おかしいぞ」

ふわふわした様子で淡々と。
意味のない問答は一人遊び。

「どこが?……なーんて」

思わず滑りでた言葉は本音の一部。
淀みなく返っていた返事はぴたりと止まって、自嘲と空しさがよぎる。

「はは、やっぱねぼけてる」
「アンタが、南沢さんだから、すき」
「!」

息を呑んだ。言い終わると同時、今度こそ倉間が胸へ倒れこむ。
耳に届く分かりやすい寝息を聞いて、止まっていた呼吸を再開する。

「やばい、こういうの、ガチで嬉しいな」

掠れた呟きをこぼし、梳くように髪を撫でた。

「俺もお前だから好きだよ、倉間。お前じゃないと、」

あとは言葉にならず、両腕でしっかりと相手を抱き締める。

***


結局、抱き込んで寝ていたらしく、ベッドに凭れた背中が痛かった。
一足先に起きていたのか、腕の中の倉間がぼやく。

「暑い」
「そりゃ悪かった」

目覚めての第一声が文句とはさすが歪みない。
大人しく腕を緩めれば溜息をつきながら離れていく。

「お前はほんとある意味素直だよな」

すぐ近くのフローリングにぺたりと座った相手に仕方ないなと笑みをひとつ。
瞬間、刺すような視線が飛ぶ。

「アンタこそ、起きてる時に聞けよ」
「え」

突如押された停止ボタン。

「え?」

一時停止を乗り切ってもう一度落ちた動揺に罵倒が重なる。

「このヘタレが」

不機嫌極まりない、と顔に書いてある倉間。
だがその頬はほのかに色づいて、見えて。

ぽふん。柔らかくもたれこんでくる、相手。
意図を持って擦り寄って、おさまりのいい場所でこちらを見上げた。

「なにもしないんですか」
「する」

即答に笑う顔が、卑怯なほど可愛い。


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