加害者気分で大団円


部室棟を出ようと扉をくぐり、開けた視界で目に入ったのは居るはずのない人物だった。
思わず後ずさって建物内に入りなおす。

「おい待て」

少しだけ動揺した声と共に相手も屋内へ。
扉の閉まる音、そして気まずい沈黙。とりあえず口を開いた。

「校内に不審…部外者が」
「いま不審者って言いかけただろお前」
「似たようなもんですよ」
「なんだその棘は」

適当な悪意を向けてみても効果なし、加えて突っ込みがきては会話も続く。
あからさまに溜息を吐き、仕方なく用件を問う。

「誰かになんか用ですか」
「出待ち」
「はあ」
「お前の」

何の為に。思い切り表情に出たのが通じたらしい。
少し離れた部室から響く笑い声、一年生はまだ残っている。
この場面に人が増えるとひたすらややこしい、悩むのを見透かしたように南沢が笑う。

「一緒に帰る?」

イラッとして相手の腕を掴んだ。



「おお、なっつかしー」

白々しい棒読みが披露されたのは今は使われることもあまりないセカンドの部室だ。
咄嗟に引っ張って連れてきてしまったものの、どう考えても外に連れ出したほうが良かった気がする。 しかしこうなってしまったからには限りなく迅速に話を終わらせて、 そして一年生が先に帰るのを見計らって出るしかない。 第一、何故隠れる必要があるのか。自分でも思うがモヤモヤや怒りは全て目の前の相手にぶつけることに決めた。
倉間が脳内で葛藤している間に南沢はホワイトボードまで足を進め、マグネットを指で弾く。
入口付近から少しだけ歩き、後姿に声をかける。

「なんすか、俺に」
「ふ、マジで機嫌悪いのな」

振り返る相手の口元は愉快げ。思わず眉が跳ね上がる。
それすらもおかしそうに表情が緩み、その顔のまま会話が続いた。

「俺がお前に会いに来たら、おかしい?」
「とりあえず連絡くらいあって然るべきじゃないんですかね」
「そこはサプライズ的な」
「試合で会う方がよっぽど驚きですよ」
「はは」

実に重みのない会話、軽くて、ぐしゃりと潰してしまいたくなるほどの。
白板へ視線を戻した相手は、何も書かれていない部分を指でなぞりながらぽつりと言った。

「雷門は本当に強くなったな」
「アンタが抜けてから?」
「これは手厳しい」

くっく、と喉で笑うと赤いペンを手に取り、意味のない直線を引いた。
インクが乗って擦れる音。綺麗でもない歪な一本の線。
中指が滑って赤が途切れる、ボードを滑る鈍い響き。

「お前が懐くのって俺くらいだなーって思ってたんだよ」

背を向けた南沢の顔は、見えない。
一瞬何を言われたのか分からず、反応が遅れて毒気も抜けた。

「……それはまた、自意識過剰な」
「言うと思った」

口元に手をやる仕草、震える肩。笑っている。
向き直ったその顔は、むかつくほどにいつものすました表情だった。

「ま、お前、根は素直だし?打ち解けたら可愛いもんな」
「褒められてる気ぃするけどなんか微妙…」

肩を竦める仕草もわざとらしい。うろんげな視線を送りながら正直に言う。
自分の反応を気にも留めず、汚れた中指へ視線を落とした。
途端に消える表情と、零れ落ちる、言葉。

「ほんとさー…、俺についてくると、ちょっと思ったのに」
「やめてろって話ですかまさか」
「それこそまさか。ちげーよ、そういうんじゃなくて、心の問題」

無意識にトーンが一段階下がる。責める語調に相手は首を振った。明るささえ混ぜて答えが返る。

「お前はさ、別に俺にくっついてたんじゃなくて俺の後を歩くのを選んでたんだよなって、話」

聞こえた文章の意味を咀嚼する前に鳥肌が立つ。

「その歩く方向が、行き先が違ったらそりゃ別なわけで。 そんなことわかってたけど、実際目にすると思いの外ショックだった」

言い終えると、ちらりと視線を寄越す。
反射的に口が動いた。

「だから無視を」
「吹っ飛ばされた時はさすがに焦ったけどな。お前軽いんじゃねーの」
「遠まわしにチビって言ってますか」

南沢は笑う。ただ、微笑む。
すげなく会話を続ける自分に、今更過ぎる質問をくれた。

「怒ってる?」
「今の発言にはそこそこ」
「じゃなくて、」
「アンタが」

遮った。この男が何を求めて何を考えて自分に会いに来たのか。それを理解する。
罵倒されに来たのだ。裏切り者と、よくも置いていったなと、一番言うだろう位置だったのが、自分。
そんな期待には応えられない、希望なんか叶えてやらない。この男は甘く見すぎなんだ。

「アンタが何が嫌で何がしたくてどうするかとか、自由だろ。 口を挟む隙すらなくて、そもそもそんな権限もっちゃいねぇし。 俺はアンタの後輩で勝手に憧れてて目標で、形容するなら神様で全てで、だからって何も、なにもないんだよ」

一息に言い放って俯く。噛み締める奥歯が口の中でぎりぎりと鳴る。
足音が聞こえ、床に映る相手の影。頭の上から静かな声。

「……泣く?」
「泣いて欲しいのかよ」
「あんまり?」
「疑問形にすんな」

顔を上げて睨む視線。涙は滲むどころか浮かんでさえいない。
だが、悔しさ情けなさ鬱陶しさ、全てが爆発しそうで余裕もなかった。
視線を受け止めて、考えるような、瞳。

「俺のことで傷つくのは嬉しい、泣くほど心乱されるとか万歳三唱レベル。 でも泣きじゃくられても良心が痛むし 罪悪感で胸も痛むし、何より抱き締めたら大惨事になりそうで」
「突っ込みどころしかねえ」

涼やかに答える長文が最低としか言いようがなく、もう一度視線を外して唇を噛む。
するといきなり包み込まれる温かさ。それが抱き寄せられたのだと認識するのに一秒かかった。

「泣く前に抱き締めることにする」
「頭おかしい」

すっきりと結論を出した相手は自己満足。
胸元に押し付けられる顔面、明瞭でない罵りと撫でる掌。

「そうかもな」

抱き込む力は思ったよりも強く、髪を梳く指は柔らかい。
ひとりごちたのち、つむじへ優しげなキスが落とされた。


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