向かう先は陶酔


瞼を開けて、閉じる。もう一度ひらく。カーテンの隙間から差し込む光の色は夕暮れ。
ソファに凭れたまま眠ってしまったらしい、中途半端な身体のだるさを覚えつつ首を回そうとして違和感。
そういえば肩が重い、重いというよりは――…
寝起きの鈍った思考でようやく認識したのは自分へ頭を預けて眠る倉間。ぴったりと寄り添っていたので体温が馴染んでおり、静かな寝息が耳に届く。覗き込むには微妙な角度、動いたら起こすだろうかと悩みかけ、このままじゃ冷えると思いなおす。
とりあえず一旦身体を離そうと名残惜しいながらも肩へ触れる。少しだけ押すように力を込めた矢先、身じろぐ相手。

「倉間、起きれるか?」

小さく呼びかけ、様子を窺う。重い瞼はあまり開かず、ぼんやりしたまま返事ともつかない声。

「んー、」
「寝てもいいから、ちょっと動かすぞ」

会話は無理だと早々に結論付けて、支える為に密着を剥がす。ソファへ凭れさせかけた時、反発する力でぐるりと向き直ってきた。
肩を押した腕を抱え込み、胸へ擦り寄る。

「いかないで…」
「っ――!」

頼りない視線は寝惚けそのもの、しかし落ちた声色は寂しさと懇願に満ちていて。
雷が落ちたような感覚。息を飲み、自由な腕で抱き締める。

「い、いかない」

反射で答えた音は反芻めいたセリフ。受け取った相手は安堵した息を漏らし眠りに落ちた。
規則正しい呼吸は胸元から。とられた腕は力が抜けて解放されたのでなんとかずらし、きっちりと抱き込む。
背中を撫でながら、呆然と呟いた。

「一生大事にする……」


***


眠っていたのか許容量を越えた愛しさに意識が飛んでいたのか定かでないが、腕の中でもぞもぞする気配に意識が引き戻される。
少し力を緩めてみれば、なんともいえない表情で顔を上げる倉間。

「こういうの身動き取れないんで控えてもらえますか」

第一声が責任転嫁。照れ隠しでもなんでもなく素の声音なのがさらに酷い。
だが本日はそんなもので気分を害する自分ではなかった。

「お前が寂しがるから駄目」
「はあ?!」

見つめたまますっぱり言うと不可解の反応、怪訝な視線。

「俺の体温なくても寝れる?」
「寝れますよ!!」

バカにしてんのか、だの続きそうな勢いだ。至近距離で叫ばれてさすがに煩い。
く、と喉で笑う。

「それは寂しい」
「うぜえ」

完全なる不機嫌調。ますます笑いが止まらない、反比例なお互いの態度を助長してしまうのも楽しく感じる。
いよいよ本気で怒られそうなあたりで髪を梳く。

「俺が耐えられないから、くっついて」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

見開く瞳と奥歯を噛む仕草。本気の睨みだ、これはやりすぎたらしい。

「わかった、離す」

ホールドをやめて腕を解く。小さく舌打ちが鳴って、体重がぐ、と掛けられる。

「アンタが寝てるの、剥がせないんですよ」

申告を噛み砕くのに数秒。つまりは起きた時に抱え込まれて動けない状態を差しているんだろう。
それはまあ、悪いことをした。無意識下の行動とはいえ回数が重なれば文句にもなる。
起きるまで待ってくれるのだから、倉間も大概甘かった。

「今は、起きてっし……」

終わりかと思った言葉は何故か続き、口篭って服の布を指で引っかく。

「くっついてて、いいですけど」

ややあって零れた了承は前置きだとか理屈だとか最早どうでもいい威力。
自粛した抱擁を再度試みるのに躊躇いもない。

「やっぱ起きてるほうが可愛いな」


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