つまり、天秤の傾き具合 ごくごく自然にてのひらは頬へ触れた。 全く無駄のないとまでは言い切れないがタイミングは完璧。雰囲気に呑まれたといってもいい。 覗き込む角度がそのまま近くなるのを往生際悪く質問で止める。 「す、するんですか」 ぴたり、もうすぐ息がかかる距離で遮られた相手は瞬きもせず短く一言。 「嫌か」 「ちが!います、けど」 一瞬声を荒げかけ、はっとして潜めながら語尾を濁す。 笑っても怒ってもいない。視線だけで先を促すのを感じ、俯き気味にぼそぼそ零した。 「したこと、ねえし……」 一拍の間。 「お前が初めてなら俺も初めてだろ」 「えっ、そうなんですか」 当然を前提とした口ぶりに思わず反射で返答。 下げかけた目線を合わせる事で後悔の念。 ――しまった。 涼しげな表情は少し跳ね上がった眉と瞳の力で不機嫌を表し、頬へ触れていた手は滑り肩に乗った。 掴まれるのでもなく、当たるだけなのが地味に怖い。ついで紡がれる音は早口。 「初恋だけど何か問題でも」 責めるような、否、拗ねたような問いかけもどきに必死でおそるおそる首を振る。 「な、ない…です……」 それだけでは勿論許してもらえず、無言の圧力は更なる答えを求めた。 伝わりすぎる催促に頭をフル回転させて――6割がたパニックだが――選択肢。 「俺もたぶん、」 「多分?」 「なんで不機嫌になるんですか!」 「別に」 分かりやすく強まる語調に反論すれば落ちる声音。 誘導されて嘘を言ったところで分かるくせに、何を望んでいるのか理解しがたい。 追い詰められていたはずがそうでもないこの事実。 強引さと脆さをあわせ持つ傍若無人な先輩は、肝心なところでいつも退こうとする。 まだ肩へ乗っていた手を包むよう重ね、早鐘めいた鼓動の元へ運んでいく。 「こんな風に心臓ばくばくして死にそうなの初めてだから初恋だと思います」 触れる左胸からダイレクト。てのひらで受け止めた彼は一度目を瞠り、やがて悔しそうに表情を歪める。 「なら、いい」 「何の許可だよ」 結局拗ねたままかと呆れかけたところで自由な片手で肩を掴まれた。 驚く間に至近距離、鼻がこすれてびくりと震える。 「目ぇつむって」 触れる間際、熱い吐息が懇願で届いた。 「瞑って」 逸らせるはずもない瞳の光はひどく頼りなくて、抗えず強く瞼を閉じる。 ほんのわずか、温かさをかすめるだけの口付けはすぐさま離れ、疑問に思って開こうとした視界はシャットアウト。 自分を引き寄せたてのひらが優しく優しく塞いできたのだ。胸へ当てた手はむろん倉間が掴んでいる。 「まだ見るな」 かたい声。身動きも取れず沈黙する倉間に考えるターンをもって言い訳が始まる。 「なんていうか、あー…とにかくしばらく目隠しな」 誤魔化しにもならないそれは、確実に照れが滲んでいた。 「南沢さん、実はだいぶ馬鹿ですよね」 「うるさい」 倉間だって羞恥がない訳でもなかったが、展開のおかげで突っ込みが上回った。 口早な四文字は明らかに誤魔化しであり、なんなんだこの人という気持ちがわき起こる。 「こっちにもプライドがあるんだよ」 「もっかいしたいって言ってもですか」 自分ルールの発動には直接攻撃。尚も言い募ろうとした南沢が息を飲む、気配。 塞がれた瞼へ当たるてのひらはさっきからなかなかに熱い。 掠れそうな声を絞り出して音にする。 「だって、すぐ、終わったし」 胸へ当てたままの手を強く、押し付けた箇所では確かな鼓動。 伝えたまま、感じたまま、触れ合ったのは一瞬だけなんてあんまりだ。 身構えたぶん、くるものがあると思って何が悪いのか。 行き場のなかった左手を伸ばし、視界を遮る体温をつつく。 思いのほか、あっさりどけてくれたガードの先で、自らの顔を覆う南沢。 「なんなんだお前は」 隠し切れない皮膚――主に耳あたりが赤かったので、甘える声でねだってみる。 「みなみさわさん、キス」 |