rampage passion


近い近い近い近い近い近い近い。ゲシュタルト崩壊を味わうくらい一つの単語を脳内で繰り返して顔を背ける。
明らかに相手の機嫌を損ねた気はするがこっちだって必死だから、取り合ってられねえ。
割と無理やり視線を引き戻され、数センチと迫った顔に対して言い放った。

「心の準備が!」
「いつ出来んの?」

聞き終わるより被せるタイミングできやがった。ほんとありえねえ、この人ありえねえ。
とりあえず一旦接近は止まったものの予断を許さない状況に変わりない。
微妙に不機嫌を滲ませながら真顔で問い掛けるのはやめて欲しい。

「なぁ、いつ?」

知るかー!!
思わず叫んだ、心で叫んだ。 しかしそれを実際に発していれば良かったと真剣に後悔する羽目になる。
あっさり埋められる距離、触れる感触。そして温かさ。 一秒にも満たないその時間は止まったように長く思えた。
反射的に突き飛ばす。急速に上がる自分の体温、頬の熱。
抵抗に驚いたと言わんばかりの顔をした相手は、ぱちぱちと瞬いてしれりと言った。

「いや、一回やれば吹っ切れるかと」
「ねーよ!!マジねーよアンタ!」

今度こそリアルに叫んで、睨み付ける。少し出来た距離を更に取って威嚇すると、形の良い眉が跳ね上がった。

「わかった。じゃあもうしねぇよ」
「え」

分かりやすい拗ねた声音。呟くみたいに零されたその発言は、いきなり全ての可能性を閉ざしにかかる。
その場で理解が追いつかなかった事実は何かというと、これまた馬鹿馬鹿しい自業自得めいたもので。
日が経つにつれ、意味合いを噛み締めて頭を抱えるしかなくなってしまった。
南沢さんは頑固なところがある。人のことは言えないとかともかく、割とその辺は面倒くさい。
へそを曲げたってのはつまりそういうことで、拒んだ分際で考えるのもおかしな話かもしれないが、これは、つまり。
この先、そういう気分になったりした場合、いやあるのかとか思うけど雰囲気がそうだったのは否定できない話で要するに恥ずかしい、めちゃくちゃ恥ずかしい、それなのに!
俺からしたいと言うしかなくなった、わけだ。

喧嘩にしては薄い、むしろくだらねーやり取りだったおかげで次の日にはいつもと変わらず ――ぶっちゃけ変わらないほうがやり辛いのに南沢さんは平常だった。 俺だって引きずりたくもなかったが、結果が結果なだけに、 しかもよく考えたら初があれでその後とか色々やりきれない。 正直に言うと近いと口にしか意識がいかないから死にたい。

解決方法はただ一つ。避ける。
いや、わかってる、何の解決にもなってねーことは自分が一番わかってんだけど、 あの人も拗ねるなら拗ねるで分かりやすく態度に出してりゃいいのにいつも通りで接してくるから悪い。
二人きりにならなければ、日常だけを過ごしていれば何ら問題なく進むんだろう。 でも一度関係性を変えてしまったからには、越えてしまった一線があるからには意識するのは仕方のない話で、 たわいないじゃれ合いの先にあるものを考えると一気に許容量を超えた。
あと、あの拗ねがその場限りだったとして、またああいう雰囲気になってやっぱキョドって二の舞にならない 自信はねぇし、そこで逆にしないっつったし、みたいな態度を取られても困るわけだ。
つまりは馬鹿だ。ああだこうだと理由を付けて、向き合うのが怖い。
呆れられたら、と思いながら呆れるしかない行動を取っているこの矛盾。

ふと窓を見る、雨だ。雲行きが怪しいのは朝からで、傘も持ってきたし問題はない。
本日の部活は中止決定、安心するようなしないような。 溜息をついて日誌を広げた。同じく当番の女子は既に帰路、部活のある時は任せることもあるから持ちつ持たれつってヤツ。
適当に埋めていく空白、投げやりな文字列。静かな教室に雨音が響く。
いつの間にかぼんやりとしていた、らしい。

「くーらーまー、くん」

かけられる声にハッとする。声の主を確認して椅子を揺らす。
間延びした音で呼びかけた当人は、にやーっと口元を歪めて教室の扉を、閉めた。

「お前、喧嘩売ってんの?」

外に向かう窓際の席、入口から遠いそこまで歩み寄る南沢さんの目は笑ってない。
思わず立ち上がったものの動けない俺へ近づくのに大した時間はかからなかった。
肩が掴まれ机が動く。椅子が蹴飛ばされ、天板に背中が押し付けられた。さすがに少し痛い。
やっぱり真顔で見つめるその口から、淡々としたトーンでぽつり。

「俺、結構怒ってるんだけど」
「見たら分かります」

つい答えたものの火に油、さっきの笑みが広がったかと思えば押さえつける力が増した。

「照れてる以外の答えだったらここで、」
「照れてます照れてます照れてましたぁーっ!」

言わせてたまるか。
キスを照れて一足飛びとか洒落にならない。というかこの展開は予想してなかった。
慌てて早口で遮る俺にまた眉をぴくりとさせて、ぎゅ、と肩に指を立てると声が歪む。

「…なんだよ、そんなに嫌か」

傷付いたー!この人めんどくせえ!まじめんどくせえ!
そんな分かりやすい表情でヘコんでくるなら最初から出しやがれ、ほんとムカつく。
拗ねたを通り越した声が聞きたかったんじゃない、こんなアホなすれ違いを生みたかったわけもない。

「あー!ちくしょう!」

叫んで両手を伸ばす。中途半端な近さの顔を掴んで引き寄せて、首も動かして勝負に出た。
触れたというよりぶつかった。歯が当たらなくて良かったレベルの無理矢理感だが、失敗ではないらしい。
その証拠に、南沢さんが目を見開いて固まっている。これはちょっと面白い。
驚きで不機嫌を吹っ飛ばしたその人は、ぼやっとしたまま言ってきた。

「お前、勢いで押し付けりゃいいってもんじゃないだろ…微妙にいたいし」
「うるせー!」

喧嘩売りやがった。人の精一杯の行動を本当にこの男は気分の悪い。
蹴りつけてやろうかと思案するさなか、復活した様子で顔を寄せてくる。おい、ちょっと待て。

「お手本」

囁くが早いか手のひらで唇を押し止めた。
なに、と視線だけで文句の兆し。
有無を言わさず押し退けてから手を離す。唇の感触がなんかいやだ。
止められて納得のいかない相手に視線を向ける。

「お手本ってことは、やりなれてるんすね」

もう一度、目が見開かれた。

「か、」
「か?」
「わいいなお前」
「溜めて言われても」
「かわいいなお前」
「言い直せっつってねえよ」

また表情のない顔で言い出す内容は意味不明。
いつも以上にわけわかんねえ会話になったのち、やっとこ机から起き上がって体勢を整えた俺に聞いてくる。

「や、つーか何でいきなり」
「こっちは一杯一杯なのに、アンタばっか、むかつく…」

語尾が思わず立ち消える。無意識に視線も落ちる。 情けない気分に唇を噛む前に、またもや肩が掴まれた。
今度は反応できなかった。 顎を引き上げる指、触れる温度、押し付けられた柔らかさを感じる頃には思考なんか吹っ飛んだ。 吸い付かれて肩が震え、食むように啄ばみながら何度も何度も吸う唇からは音が漏れる。 ちゅ、ちゅ、と耳に届くのが耐えられないくらい恥ずかしい。 鼻で吸えばいいんだろうと思いつつ呼吸を忘れ、解放された時には荒く息をつくしかない。 このやろ、と睨みつける俺に構わず、嬉しげな野郎はくしゃりと笑う。

「俺だって初めてだよバーカ」


戻る