石橋を叩き割りますか?


そんな雰囲気、とは何を指すのか。
じゃれ合っているうちにバランスを崩した。ソファに倒れる自分と相手。
大きめだったのが幸いして落ちはしなかったものの、肘掛けに押し付けるようなこの体勢。
なんとも気まずい。
背を凭れる形になった南沢が脈絡もなく口にした。

「なに。お前、上がいーの?」
「意味わかんねえ!」
「いや意味はわかるだろ」

そんな発言をいきなりされてどうしろというのか。
分かりたくないけど分かった、頭をよぎってしまうくらいには落ち着かないのはお互いの関係性ゆえだ。
前触れなくキスをしてくるくせにそれ以上は触れてこない誰かさんは、思い出したようにこんなことを言う。
そりゃあ自分だって思うところがないわけじゃない、知識の上でしかない先を考えたこともある。
しかし問題はそこだった。いざ、やるとして相談なしに事が進むのかどうか。
じっと見てくる視線に居た堪れず、言葉を濁す。

「……普通はそうですよ」
「ふつう、ねえ」

苦し紛れの返答を淡白に反芻し、その表情のまま顔を寄せてきて舌を伸ばす。
唇を軽く舐められ、大げさにびくついた。

「っ!」
「この程度で震えちゃう倉間くんにそんな気概があるかどうか」

途端、にやあ、と意地の悪い笑みを浮かべる相手。
思わず掴みかかるように身体を寄せる。

「っの!」
「おー、こわいこわい」

動かなくてもキスが出来るくらい近づくと、満足したようにまた肘掛けへ凭れる。
からかうようにくすくす笑う。

「勢いだけじゃ何もできねーよ」
「…んなに嫌ですか」

思わず口から零れたのは、悔しさだろうか。
表情を歪めたのを見てとると、きょとんと目を瞬き、事も無げに言い出した。

「イヤとかじゃなくて、俺、お前を可愛がるイメージしかしてないからな」
「?!」
「どこ触ったらどんな顔するとか、声とか、俺のこと見る目とか」

さらりと語る口調は言葉が進むにつれて速度が緩み、音が低くなっていく。
細められていく瞳に見たことのない光が宿り、至近距離で囁いた。

「お前のこと絶対によくする自信ある」

全身を震えが駆け抜けた。指先が伸びてきて体温が伝わる。頬から耳の裏、首筋、肩、腕をなぞって脇腹へ下り、衣服の上から撫でさする手が腰を掴み、ゆっくりと尻へ触れて太ももをくすぐる。

「全身くまなく可愛がって、俺なしじゃ生きられないくらい」

――あいしてやろうか。

口の動きだけで読み取ったものは凶弾となって撃ち抜いた。

「はい動揺したー」

手の力が抜け、がくんと相手へ倒れこむ。
のんきな声で自分を受け止め持ち上げるように位置をずらすと、先程届かなかった脹脛や踝を撫で回す。小さく震えながら息を飲んだ。

「まだまだ甘いな、何もしてねーけど?」
「ど、こが…っ」

ホールドされた以前に腰も抜けている。密着した温度も何もかもが今はとにかく辛い。
熱くなる顔を隠すように俯くと、逃がすまいと顎を持ち上げられる。

「そんなんで本当にする時、お前どうすんの」

覗き込む視線は愉しみに満ちて、唇を舐める舌先が覗く。
ぞくり、触れる場所から伝わる振動。衣服を掴む指はまるで縋るみたいに頼りない。

「たとえば今とか」

綺麗に微笑むその顔は、待ってましたとでも言いたげだった。


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