許容は甘えの為に


購買で昼食を買い、渡り廊下を歩く途中、ぐらりと視界が傾いた。
一度踏み止まり、やばいとは思ったもののそれ以上歩くのも困難だ。
これはまずい。意識が遠のく寸前、支えられる、感覚。

「倉間!」
「南沢、さん?」

横から抱き止められた、らしい。立っていられず凭れかかると肩と腰に支える力。

「少しでいいから、歩けるか?」

気遣う声に、こくりと頷いた。

中庭の木陰へ辿り着き、幹に背中を預けて座り込む。
隣に腰を下ろした南沢が心配そうに見つめる。響かぬように落とした声で囁く。

「気分、悪いのか」
「いえ…眠くて」
「は?」

木へと凭れて安心した倉間の声は完全に寝惚けたそれだった。
南沢の顔は間抜けな感じで止まる。

「昨日……ゲームやってて」
「おい」

次いだ声は呆れと少しの非難混じり。

「もう少しで全てを奪還できるところだったんすよ」
「お前の失った睡眠時間は奪還できないからな?」

言い終えると同時、こてんと南沢の肩に頭が乗る。
慌てて持ち上げる倉間を制し、押さえるよう手を当てた。さらり、少しだけ髪を撫でられる。

「もういい、寝てろ」
「すみませ……」

謝罪の言葉も最後まで言えたかどうかわからず、意識はそこで途絶えた。

遠くで鳴るのは聞きなれた音。そうだ、あれはチャイムだ。
つまりは予鈴、本鈴だったら洒落にならないがそもそも何故に予鈴と言い切れるのか。
半分寝ている思考でうすぼんやり瞼を開ける。覗き込む相手と目が合った。

「おはよ」
「おはよう、ございます」
「予鈴とかギリギリセーフだな、起きれるか?」
「だりぃ…」

はは、と笑う南沢が額の髪を指で掻き分ける。
微かな違和感。何か、おかしい。この体勢は、変だ。
何故肩に凭れかかって寝たはずの自分が上から見下ろされているのだろう。
後頭部に当たる感触とこの視界、認めたくないが、認めたくはないが。
表情が固まり、困惑しだした倉間に気付いたか、何でもないことのように相手は言った。

「ああ、肩に体重かかるって意外と重いのな。体勢も悪いし寝かせた」

回避したい答えがあっさり現実のものへ。

「男の膝枕とか…夢が壊れる」
「心配して損した」

げんなり呟いた倉間の鼻が軽くつままれた。
ふがふがと身じろぎすると笑い声と共に解放。
いきなり起きるなよ、との言葉に従ってゆっくり身体を起こし、今更ながらの空腹を訴える。

「寝たら腹減りました」
「そうか、俺もだ」
「…食ってないんすか」
「つーかお前見てたら少し寝てた」

笑う南沢に罰の悪い気分になる。思わず黙り込むと、さらっと続く言葉。

「というのは嘘で、ずっと見てた」
「寝ててくださいよ!!」

逆のほうが良かった、それ以前にわざわざ嘘をつくな。
この男はわからない、本当に分からない。寝起きで働かない頭が余計混乱する。
顔を引きつらせてる間にまだ言ってきた。

「かわいかった。いまも可愛いけど」
「どっちもいらねー」

勘弁してほしい気持ちで吐き出すと、先程買った昼食を差し出される。
南沢の傍らにも、同じような袋。見るからに手付かずだった。

「ま、もうどーせサボリだから、ゆっくり食えよ」

自分のを受け取った瞬間、本鈴が鳴り響く。
もう一度、相手の隣に座り込んだ。
肩を寄せると、こつんと頭が当てられる。パンの包装を開ける手が止まった。
遅い昼食の始まりは、横を向いた相手とのキスになる。


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