聞いてくれない→←聞かせようとしてない


今日の予定は浜野と速水――いわゆるいつものメンバーで遊びに行こうという話だった。 夏らしくプールに。実に健全、実に日常、荷物を引っさげて玄関から出て駅へと向かっていた……までは覚えている。
どうして自分は全く違う方向に連行されているのか。
拉致った犯人は見慣れたなんてもんじゃない先輩で、照りつける日差しに汗をかきながらも涼しい顔で先を歩く。

多分、偶然だった、たぶん。
駅近くでばったりと鉢合わせた南沢さんはラフな格好、大した服も着てねーのに 決まって見えるあたり顔ってのは本当に大事な要素なんだと他人事な感想。
一度驚いたように瞬いたその人は、挨拶もそこそこに無言で手首を掴んだ。

「は?」
「奇遇だな」
「そ、うですねってちょっとーーっ!?」

ずるずると引っ張られる展開に混乱してされるがまま。 約束してんですけど、とか言ったところで聞き入れられるわけもなく、ふーん、で流された。 痛い力じゃないから振り解ける、きっと振り解ける。 だが一度やったところで終わるのか、むしろ、何で?みたいな顔されるオチじゃないのか。 されたとして無視すりゃいい気もしてる、してるけど。
わざとらしく溜息をついて携帯を取り出した。片手で短く、変換もせずに打って送信。

――つかまった。

この一言で察してくれるだろう友人ってのもありがたいような微妙な心持ちだ。

「義理立ては終わったか?」
「お気遣いどーも」

タイミングよく視線を寄越す。まあ弄ってりゃ音で気付くにせよ、 分かってて、つーか俺に断られない確信があるってどういうことなんだこの人。

「じゃー倉間おれのな。まあ元々俺のだけど」

変わらずしれっとした顔で前を向こうとするのに一応、口を挟んでみる。

「いい加減、腕離してもらえませんかね」

掴まれた部分へ汗がじわり、不快と言い切るのもあれだが気持ちよくはない。
いつの間にか歩みは止まって、こっちを見る瞳がにやー、と笑う。

「恥ずかしい?」

たちの悪い顔だ。すごく、むかつく表情ともいえる。

「迷子の誘導みたいで」
「しね」

大して背も変わらねーだろ、アンタは。
思いっきり即答で睨みつければ、ますます愉快そうに口元が歪んだ。正直気持ちが悪い。
なんだこの違和感しかない状況。
上機嫌な南沢さんは手を離さないまま歩き出す。

「はい、迷子は大人しくついてくること」
「むしろ人攫いだろ」

横顔に微笑が広がった。

「ふ、かどわかされた?」
「随分前に」
「なるほど、ストックホルムか」
「そうですね、可哀想ですから」
「俺が?」

声は軽い上に穏やか。最後の問いかけにまた流してくる視線の光。
受け止めて、引かれていた距離を詰めて隣に並んだ。
改めて、隣を見上げる。

「どこ行くんですか」
「どこ行きたい?」
「へえ、最近の誘拐犯は融通利くんすね」

白々しいやり取りに思わず笑う。
薄く表情を残しながら聞こえてきたのは馬鹿馬鹿しい、台詞。

「俺と居てくれんなら」

ここぞとばかりに手を振り払った。予想通りの驚いた顔に飽きれた気分。 汗で滑るとかそういえば往来だとか、まあそろそろ日陰歩きたいとか思いながら 握り直した掌は熱く、力の抜けた指が握り返すのを待って言い放つ。

「アンタ、ほんっとに残念」


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