いま確定した、ような気がしないでもない


日常は、当たり前の集まりで出来てるようなもんだと思う。
俺にとって、南沢さんがいるのは日常の一部で、当然だった。
それが途切れてしまった時、どうしようもなく虚しかったのを覚えている。
自分だけが感じたのならそれこそ惨めだ。だから気にしないふりをして、大丈夫だと思い込ませた、自分に。
ところがどっこい、予想外の再会は思いもよらないほうに転んで、結局は元の関係性を取り戻した。
今でも不思議だし、何が相手の気に入ったのか分かりもしない。
でも、当たり前を続けていいと知って、めちゃくちゃ安心、したんだ。

しかし円満終了と思っていたものはどこでどう道が逸れたのか。
一つのスイッチが連鎖であちこち点灯させて、あれよあれよと追い詰められた。
むしろ自爆しにきたってのが正しいかもしれない。
謎の質問からの押し問答は不可思議千万。
とことん押して押して押して逃げ道を無くしてくれた先輩はここ一番でいきなり引いてきた。
呆けた感じでぽつりと一言。

「あ、そう…」

そうじゃねーだろ!!
思いっきり突っ込めるのは心中だからで口で言えないくらいには俺もテンパってるわけでああもう、 どうすりゃいいんだこれ。 よりによって頬に手を当てただけとか中途半端な状態で固まられても困る。さっきは俺が固まってたけど。
あと思い出したように赤面すんな!こっちだって顔熱いんだよ、どうなってるか鏡も見たくないレベル。
物凄く動きづらい状態をたっぷり十秒ほど、耐えられなくなって口にする。

「どーしてくれんですかこの空気…」
「お前が変な返しするから」
「元凶だろちくしょう!」

苦情を伝えれば少しだけムッとした顔。腹が立つのはこっちだ、変なのはそもそもの問いだ!

「つーか、なんすか、南沢さんおれのことすきなんですか」
「っ…」

そこで口を噤むな!くっ…とかダメージ受けたみたいな顔すんな意味がわからねえ。
あそこまで発言して追い込んでおいて後悔しました、なんてされても驚き損で答え損だ。
頬から離して引こうとした手を思わず掴んで睨みつける。怯む相手に俺もキョドる。

「わ、わかりやすくしてくださいよ!」

握った体温に力を込める。顔ほどじゃないけど汗をかきそうなくらい熱い。

「さっきの別に他意はねーけど!いや根本としてはあるけどそうじゃなくて!」

多分きっかけになっちまったんだろう、南沢さんへの言葉。
そんな他愛のない、親愛を示す程度の軽いものだった。

「あんなんでいきなり、わけわかんねえ…」

悔しいのか情けないのかわかんねー声が出る。
刹那、掴んだ手が弾かれて、両肩へ掴みかかってくる、力。
不機嫌な顔、あれだけ引き結んでいた唇が簡単に開く。

「好きだ」

落ちた三文字はいやに明瞭。
反応が遅れた間にもう一度何か紡ごうとして言い淀み、眉を寄せて舌打ち。
舌打ちってオイ。理不尽さに意識を戻した途端、言葉が続く。

「だいたい指舐めるとかこっちは限界なんだよ無防備なんだよお前。 触りたいの抑えてんのにまじふざけんな」
「ふざけんなはこっちの台詞だろ」

失礼な態度のおかげで勢いが出来た。
被せた文句にまた詰まるヘタレを視線で刺しながらこちらの言い分を並べる。

「アンタずっとすました顔してきといていきなり爆発されても知るかっつーの! 正直この展開考えもしなかったし意識したこともねーよ!」

傷付いた風に揺れる瞳が心底腹立たしい。
和解の後、今までの関係が戻るなんて思ってなかった。
南沢さんにとっちゃもうあっちがホームで、卑屈だけど自分はもう過去に分類された気持ちもあった。
それを気にもしなかったのは他でもないこの人の態度で、俺がどんだけ嬉しかったかなんてきっと知らない。
俺の憧れも目標も揺るぎなくずっと保たれている。

「なのに、」

いきなりそれをぶち壊しにきて、しかもそれが俺のせいとか言い出して。

「なのに、嫌とかないから困ってんじゃないすか……」

相手の左胸、心臓の辺りの服を掴む。伝わる鼓動は、早かった。
苦しそうに歪む表情。こっちだって苦しい、はちきれそうな感情が膨らんで、苦しい。

「いちばん、て、嘘じゃねぇし。すごく、好きだし。全部、」
「ぜんぶ?」
「アンタなら、ぜんぶ、いい…」

ねだるみたいな問いかけは甘かった。
顔がどうしようもなく熱い。浮かされた声は、自分のものじゃないみたいだ。
なんとか見つめながら言い終えると視線を逸らすしかできず、引き戻すように掴まれた顎に喉を鳴らして、 薄く開いた唇が近づくのをぼんやりと待つ。 舌が覗いて軽く舐められ、ぴくん、と震えたら押し付ける感触。すぐに離れて掠れた声。

「くらま、くち、あけとけ」

酔ったような瞳に吸い込まれそうになりながら、隙間を空けて目を閉じた。
相手の吐息がかかると同時、服を掴んでもう少しだけ口を開く。
息を飲む音、塞がれる温度。溶けそうな錯覚を味わって、身を任せる。
入り込んだ舌が窺う動きで苛ついたので、思いきり擦り付けてやった。


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