わかりきったと言うけれど


長期休みのだらけた日中は室内の冷房に頼りきりだ。通い慣れた先輩の部屋で生産性のない会話を織り成すこと数時間。逆撫での名人選手権とかあったら優勝するんじゃないかという先輩は今日も絶好調で世間へ喧嘩を売った。

「先天的才能を妬まれてもな」
「才能って言った!この人才能って言った!」
「才能だろ、元から良いんだし」
「アンタ世の中の殊勝なイケメンに謝ってくださいよ」

別に顔面偏差値を語っていた訳ではないが、話がずれにずれた結果、先ほどの台詞を引き出すに至る。思わずうろんげな視線で見つめれば、少しの思案の後、ぽつり呟く。

「自覚ないのもうざくないか?」

首を傾げるでもなくその言葉を吐けることをいっそ尊敬したい。

「や、なんてーか、それを差し引いても南沢さんはむかつく……」
「それお前の主観だからな」

容赦ない切り込みは事実といえど、この意見はそこそこの一般男子が持っているのではないだろうか。不満はあれど言い募るほどか悩む数秒、口元を笑みに変えた相手が覗き込む。

「なに、モテて不安?」
「いえ、そーゆーのは一切ないです」

きっぱりはっきり口が動くと、些か気分を害した様子。

「即答か」
「だってアンタうざいし…」
「もはや敬語さえない」

心からの返答に素早いツッコミ。かと思えばわざとらしく溜息をつき、髪を掻き上げ、流し目の要領でいわゆる殴りたい笑みを浮かべてくれた。

「今のを要約すると、鬱陶しいと思うほどに愛情を注がれているので嫉妬なんてしないくらい満たされてますってことか」
「はあ?!」

要約どころか大幅に追加引き伸ばしされた都合のいい考察だ。大きな声も出る。何言ってんだコイツ感満載の視線もまったく通じず、凄く腹の立つ表情で頷いた。

「理解があって何よりだな」
「うぬぼれは自由ですしね……」

もはやツッコミを入れる気力も家出してそっと視線を逸らす。顔がいいとこういう時の殺意は数倍だと思いながら。
会話を諦めて脇に転がしていた携帯へ意識を向けると、伸ばす手を遮って掴まれた。

「まあお前しか見てないのは本当」

軽い口調ながら僅かに滲む強制力に嫌な予感しかせず視線を戻す。フローリングの感触と相手の体温、覗き込むよう近づいた顔が微笑んだまま瞳の色を変える。

「独占欲わかってんなら、いい」

ぞくっ、と跳ね上がる両肩。背筋を駆けていく震えは指の先まで痺れをもたらした。重ねた手の甲を優しく撫でて緩やかに目を細める相手。

「明日は出かけるのなしな」
「え、あ、」
「一日可愛がるって、決めた」

語尾に乗る吐息。喉が一気に水分を失い言葉が枯れる。そもそも本日泊まるなんて話も出た覚えがなく、今日だってまだ夕方にもなっていない。それなのに彼の発言はただ確定事項として頭に響いた。飲み込む唾の音がやけに煩く感じられる。

「ほら期待してる」
「ちがっ」

自由な片手で顔を半端に覆って視線から逃げれば愉快そうな笑いがくすくすと。

「ふふ、かわい、」

もちろんそんな逃げは無駄で、すぐさま手首を取られ、息の掛かる距離で満足に語る。

「お前否定しても絶対拒否はしないもんな」

見透かす視線に喉が鳴った。身体がどうしようもなく熱い。酔った色が艶やかに微笑む。

「そんなに俺のこと好き?」
「悪いですか」

振り払うよう早口で。無理やり喋ったから喉が辛い。
一瞬だけ風が吹いたかのごとく雰囲気を散らせた南沢は、蕩けた笑みで捕らえた手へ擦り寄った。

「幸せ」

噛み締める言い方は殊更ゆっくり、表情にあてられた自分が動けないうちに掌に唇を押し付けてくる。

「お前に拒否されたらしんじゃう」
「しません」

なおも即答。瞬いた相手の顔が癪に障って、声に力も込める。

「するかよ」

ふは、と綻ぶ笑い。

「二回言った」
「大事なことなので」

もはや憮然として付け加える自分へ緩みきった相手が抱き付く。というより抱き寄せられた。重心を前に持っていかれ、南沢にもたれるしかない。しっかり受け止めてくれた相手の顔が肩に乗る。

「ん、好き」
「知ってます」

また笑う息の気配。

「そうだな」

肩口へ顔を埋め、耳元で囁く。

「でも言いたいから」
「それも知ってる」
「じゃあ言わせて」

耳朶にキス、次いで視線を合わせるため首を動かした彼が、左頬へ掌を伸ばす。慈しむみたいな触れ方に擦り寄ると、嬉しそうに言の葉を紡ぐ。

「好きだよ、倉間」

胸をわし掴む愛しさを誤魔化すようにキスをねだった。


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