水滴、からの決壊


少し浮かれていたことは認める。
日が短くなってからの部活動は幾らか制限されて、帰宅時間は早まっていた。
いつもは分かれ道で終了の雑談は、借りていた雑誌の返却により自宅まで到達し、
そのまま部屋に上がるのも何らおかしい流れではない。
平日でイベントが重なれば、はしゃぐのが正義とばかり日中は沸いた。
気を利かせたマネージャーの差し入れは手作りのマドレーヌで、休憩時間も騒がしかった。
今日か明日かの違いはあれど夜にはそれぞれの家でケーキが振舞われるだろうし、倉間も明日の帰り道はケーキ屋に寄る任務がある。
だから会話がクリスマスへ流れるのだって普通といえば普通なのだ。
子供心にはサンタクロースとプレゼント、年齢が上がると何故か違う側面が現れる。

「日本の企業戦略は恐ろしいよな」
「いいんじゃないですか、口実が欲しい人には」

本棚から雑誌を手に取った流れでクッションにもたれる相手の近く、ベッドの淵へ腰掛けた。
あっさり答える自分に先輩は笑いを零し、揶揄するような口調で視線を上げて寄越す。

「そのセオリーに則るなら好きな誰かと過ごすもんじゃねーの」
「じゃ、南沢さんが好きだからちょーどいいですね」

自然と言った、すんなりと言った。狙った訳でもなんでもなく、ただ本当に唇から音として発せられてしまっただけ。
軽い挨拶の如くかわされるはずの台詞は唐突な静寂を生み出した。

「え、」

抑揚のない声は掠れて届き、固まる表情。戸惑う視線が突き刺さる。
途端、脳内へ響き渡る緊急警報。身体中の血液が逆流して沸騰する感覚。
引きつる喉を開いて叫んだ。

「わっ、忘れていいです!ていうか忘れろ忘れてください…」

口走った内容で更に後悔。これでは事実だと言ったも同然だ。
皮膚は熱いのに胸の奥は底冷えするという凄まじい温度差。
消え入る語尾へ被さるみたいに、搾り出される相手の声。

「むり……」

視線を僅か伏せ、俯きがちで口元を押さえる様子に身震いした。

「なしで今のなしで違うんですちがう!」

必死に紡いだ言葉は本日の最大音量。ひかれた嫌われたどうしよう、の気持ちから放った煩さに向けられた視線は厳しい。

「ちがうのかよ」

怯んで息を飲む。からかったと思われるのもそれはそれで辛い、ここまでくると何に怒られてるかが分からない。

「ちがく……ないですけど」

軽蔑の色が浮かぶのを見たくはなくて下を向く。いつのまにか握り締めた手がシーツの布を巻き込んで痛かった。
動く気配がしてびくりと震える。添えられた感触が彼の掌だと気付くのに数秒のラグ。
それは驚くほど熱かった。衝撃に視線を跳ね上げると、赤く染め上げられた相手の顔。
膝立ちで覗き込む体勢は息がかかるほど近い。

「え、えっ」

疑問符が飛び交い、反射的に身を引いた。
瞬間、形の良い眉が跳ね上がり、迫る体温。
触れた箇所は、掴まれた掌よりも熱を刻む。


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