占有権の把握


「ひゃっほー!倉間やーるう!」

大袈裟なほどの賞賛で片手を上げる浜野へ軽快にハイタッチをする、横顔。シュートを決めた勢いのままジャンプで突撃、弾けるくらいの笑顔はなかなか見れるものじゃない。点を入れられた側なのに、頬が緩んだのはあまりに嬉しそうだったからだ。

――ほらほら俺マジ強くなったんすからね!アンタ知らないでしょ今日は見せてやりますよ!

練習試合の始まる直前、いきいきと自分へ告げた倉間はやる気と喜びに溢れていた。

ホーリーロードも終わった夏休み、どこで意気投合したのか親交を深めていたらしい両校の監督は「折角だから合同合宿しよう!」とかまさにそんなノリで選手を巻き込んできた。別に反対なわけじゃない、嫌でもない。ただ何だか呆然としてしまったのは自分だけではないと信じたい。

戦い終わって日が暮れて、ではないけれど太陽が沈み始めれば練習は終了だ。解散、の言葉に一斉のありがとうございました!がグラウンドに響く。宿舎に帰る道すがら、なんとなく並び歩く形になった倉間に声を掛ける。

「お疲れ」
「お疲れ様、です」

予想外とでも言いたげに一瞬止まった挨拶はなんなのか。

「そういえば固まってねーのな」
「浜野と速水なら」

くい、と向けられた視線の先、一乃や青山と笑い合う二人が目に入る。

「いつも当たり前に隣にいるもんだと」
「アンタが声掛けてこなかったら俺もあっちでしたよ」

言い方がぶっきらぼうなそれはともすれば余計なことを、に聞こえないこともなかった。倉間にきっと他意はない、単に事実を告げただけだ。偶然並んだから、居合わせたから、理由としてはもっともだろう。裏を返せば自分がいるから歩くのだという宣言にもなるのを気付いたかどうか。それすらもわかって口にしているなら末恐ろしい。に、してもだ。あれだけきらきらと青春オーラを放っていた昼間と違いがありすぎる。これは疲労だとかの問題じゃない。

「俺、今日お前に輝かんばかりの笑顔向けられた気がするんだけど」
「白昼夢ですか大変ですね」
「いやいや夢じゃねーよ。俺ともハイタッチしただろ」
「しましたけど何か」

容赦のない斬り捨てはまさかの幻覚扱いときた。こちらも見ずに否定してくれた倉間はつい早口で言い募った俺に対してめんどくさそうな視線を向ける。思わず素になった。

「え、お前のその差異はなんなの」
「テンションは一定じゃないから意味があるんすよ」

全く納得できない答えを頂いて、和やかめいた帰り道は終わる。

半セルフサービス、分かりやすく言えば自然の家に近いシステムで夕食に向かう。自分の分を受け取って手頃な席へ。騒ぐ声は煩いが、貸切のため余程でない限りお咎めはないようだ。これまたなんとなく倉間の前に座る、というか雷門の三年生に捕まって引っ張られた位置がビンゴだった。浜野の軽い挨拶に速水の会釈、そしてやはりテンションの落ち着いた、倉間。育ち盛り集団の食事は大部分ガヤガヤと一部もくもくと進み、茶化し合う二年生にはしゃぐ一年生、 実に平和な時間が過ぎる。何かしらじゃれる目の前の三人を見守ったのち、汁物の椀から口を離して倉間を呼んだ。
なんすか、とすぐに答える相手はやはりどこか棘を感じる。

「…お前なんでそんなに態度に差あんの?」
「は?普通ですけど?いつもわーわーやってられねっすよ、浜野じゃあるまいし」
「……まあいいけど」
「いやいやよくないでしょ!二人の俺の認識おかしくね?」
「ちょ、浜野くん!」

横から反論を混ぜ込んだ浜野を速水が押さえる。まあ隣に居たから突っ込む権利はあるかもしれない。少し悪いとは思ったのでひらひら手を振っておく。食べ終わったトレイを持って立ち上がり際、思いついて口にする。

「ああ、明日の自主練習、フリーだから見てやっても、」
「まじっすか!」

がたんっ、椅子が揺れてその場で飛び上がるように立つ倉間。目の光と表情が違う。これ以上ないくらい分かりやすい反応になんともいえない気分がわき起こる。

「ほらみろ」

いっそ呆れを滲ませて歩き出すと空の食器を持って追いかけてきた。返却口へ進みながらもはや淡々とした疑問が出る。

「ていうか…お前なんでそんな俺のこと好きなの。ファン的な意味で」
「尊敬してるからですけど。目標的な意味で」
「そんだけすらっと答えるなら態度に示せよ…」

心からの疲れた感想は、さっき表しましたの一言で退けられた。非常に、解せない。

どうにか文句を形にしようと考えながら風呂に入った帰り、廊下でばったりと行き会った。都合のいいことにお互い一人、積もりに積もった不満を解消すべく行動に出る。外れた位置の非常階段、湯冷めは若干危ぶまれるが大人しくついてきた倉間を座らせて自分も腰を下ろす。そう、大人しくついてくるあたりがまた、なんというか、なんなんだと、言いたい。従順でありながら反抗的、そんなパラドックスは求めてなかった。もうほとんど乾いた髪をタオルで拭くように掻き回し、息と共に吐き出した。

「お前、普段の俺とか激しくどうでもいいだろ」
「よくわかりましたね」
「てめ」
「嫌なら絡みませんけど」

拗ねを含めたある種の本音は抑揚のない肯定で迎えられる。さすがに苛立つと重ねて打ち消すような答えが響く。少しだけ、罰の悪そうな顔をした倉間は自分の首にかけたタオルを掴み、顎へ当てながらはっきりと言う。

「正直なんでこの人こんなに偉そうなんだとかマジうぜーわとか、たまに本気で痛い目見ればいいのに位は思いますけど、俺アンタがいるからサッカーも日常も楽しいんで。そこらへんは自覚してますよ」

眩暈がした。比喩でなく、リアルに。言いよどみもせず、しっかり更にまっすぐ。そんな風に伝える台詞としてはどう考えてもおかしい、考えなくてもおかしい、だがしかし。

「……これがお前のデレだって分かる自分がなんか辛い」

頭痛までする気がして額へ手を当てると、鼻で笑うような顔になった。お前いい加減にしろ。

「そーそー、愛してますよ」
「愛されてますねー」

棒読みと棒読みのコラボレーション、感動的で涙も出ない。完全に自分の膝に突っ伏して、何度か声を絞り出す。

「たまに若干めげそーになるわ」
「へー」

ここまでくると天晴れと言いたい。何がどうなってこうなった。虐げられるほどのことをしたのか、あながち否定もできない片腹痛さがあるのが物凄く嫌だ。既にめげてる、そう自覚をもったあたりで緩やかに頭をなでる感触。この期に及んで追い討ちでもかけたいのだろうか。

「なんだよ」
「構って欲しいのかと」

耳を疑う。どこを総合した末のその結論だ。否、間違ってはいない。そりゃあ構ってほしい、当たり前だ。この機会が終わればまた遠く離れるのは分かっていて、だからこそ絡むし時間を求める。それを無下にされたような扱いで拗ねない方がどうかしてる。顔を上げ、瞳を覗き込んで顔を寄せた。簡単に触れる唇から小さな音。すぐに離して、じっと見つめる。いまさっき少しだけ見開いた倉間が両手を伸ばした。

「足りませんか」

俺の答えを待たず引き寄せて、目を閉じる。温かさを感じつつ瞼を下ろす。少しだけ長い口付けのあと、ほとんど同時に視界が開いた。瞳は互いだけを映している。

「お前、俺をどうしたいんだ」
「独占したいです」

本音に返るのは本音。ちらりと揺れる色、よぎる感情。意識を引き付けたいなんて、それこそ今更の話だった。

「ここまで振り回されんの、お前だけだよ」

驚くほど嬉しそうな顔をした倉間が額を当ててくる。

「じゃあお揃いですね」


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