往生際で踏み台昇降


どうでもいい雑談の最中などで倉間が突然真顔になったりする場合、大概ろくなことを口走らない。

「南沢さんを殴れば解決」
「しねえよ」
「くっ、」
「悔しがるな」

言いながら実行しかねない雰囲気に即遮ると、視線を斜めに外して吐き捨てる。
八割どころかほぼ百パーセント本気なので勘弁して欲しい。

「もはや理由とかいいから殴るとかどうですか」
「その提案が通ると何故思った」

こぶしまで握って真面目に問い返す様は混乱の極み。
会話で止まっているうちはまだいいが、どんどん暴走していくのは付き合うこちらの骨が折れる。
己の額に手を当て数秒、クールダウン。溜息を吐くとネガティブな方向へ反応するため内心で留める努力も忘れない。
まだグーの形で構える相手に言い聞かせるように告げた。

「お前照れてその方向行くのほんとやめろ」
「ちげぇし」
「違わねぇし」

早口の否定が何夜も雄弁に物語っている。
前科何犯、なんて数えることすら無意味。この七面倒くさいことに定評のある後輩はとにかく手が出る、というか出そうとする。
そんなところで真っ向勝負な男らしさを見せなくていい、本気で。
隣に並んでの会話は白熱するうちに向かい合わせ、自室のカーペットの上で謎の睨み合いが敢行された。
しかし、崩す術はとうに心得ている。僅か身を乗り出して距離を詰めればいい。

「じゃあキスする」
「なんでだよ!」
「照れがMAXまでいけばおとなしくなるから」

慌てて身を引きかける相手より先に至近距離へ。
難なく追い詰めた倉間は言い返せず、ぐっ、と一瞬唇を引き結ぶ。
中指で顎を持ち上げる。

「え、ちょ、ま、」

動揺からの観念は瞼を下ろす仕草。
眉が寄るほど硬く閉じるのは自由だが、突き飛ばすなり何なり出来るものをしない時点でこいつはそろそろ気付くべきだ。
呆れを通り越した微笑ましさが胸に落ちる。
ふ、と息だけで笑って鼻へ口付けた。
それだけで済ませてしばし、不思議そうに倉間が目を空けてぱちぱち瞬く。
自然、笑みが零れる。

「キンチョーしすぎ」

改めて軽く音を立て唇を奪う。
見開いた目のまま感嘆符を浮かべた相手がやがてわなわなと震え始める。
文句が飛び出す前にもう一撃。

「しないかと思ってちょっと拗ねたろ」
「言いがかりだ!」

本日一番のボリュームで声を荒げた天邪鬼は今度こそ怒り顔で横を向く。
愛でたい気分のまま、その頬へ何度もキスで触れた。
ちゅ、ちゅ、ちゅ、と重ねていくうち、不機嫌な視線があちらこちら。
またへの字になった唇と同時、ちらり寄越される瞳の光。

「?」

一度止まってみせた瞬間、掴みかかる手が肩を押さえ、勢いよくぶつかってきたのは柔らかい感触。
強く押し付けて吸い付くキスが体感三秒。がっつり睨まれたおかげで捕食された気分だ。

「やるならちゃんとしろ」

耳まで染めた顔でのダメだしは煽り以外の意味を成さず、急激に高まる体温に眩暈がした。
けっして、照れたわけじゃない。


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