求めていないサプライズ


気温一桁、マフラーの隙間から入る冷気に身を震わせながらポケットへ手を入れて歩く。寒いからつい俯きがちになり、おかげで家の前の違和感に気付くのが遅れてしまった。視線の関係で足元がまず見えて、人がいるなと顔を上げて絶句。しかもタイミングのおかげで相手とばっちり視線がかち合う。
自宅前に居た南沢を確認した瞬間、踵を返した。

「こらこらこら」
「いやいやいやおかしいでしょ」

呼び止める声は幻聴じゃない。
振り払うよう言葉を被せると早足で距離を詰めて肩を掴まれる。

「何でいるんですか」
「受験期間中の三年の登校なんてたかが知れてるだろ」

答えになっていなかった。そう、私服、相手は私服。つまりは休んだか休みだかは確認したくないけれど、わざわざ会いに来てくれたわけだ。胡乱な視線を向ける。

「……いつから」
「今さっき。連絡してねーな、と思って」
「チャイム押しとけよ!」

肩の手を掴み、力任せに玄関へ向かう。

「まあ今日は親いませんけどね!俺が寄り道してたらどうすんだアンタ!」

計画性がなさすぎる行動を責めながら、取り出した鍵で扉を開ける。乱暴に引っ張り込んで室内へ踏み入れた途端、伸びてくるもう片方の腕。閉まる音から遅れて一秒、後ろから抱き込まれた温度。

「…やっぱ冷てぇし」
「外歩いてたんだから、お前もだって」

衣服から伝わるそれと相手の吐息。手首を掴んだ力が緩まると両腕でしっかりと包まれる。

――この人、マジでやだ。


なんとか解放されて部屋まで辿り着く。
上着を脱いでハンガーへかけたあたりで、南沢がおもむろに呼ぶ。

「倉間」
「はい?」
「それ、戦利品?」

意味が分からず指の示す場所、放り投げた鞄を見てみたところ、覗いているのは赤いリボン。

「うわっ」
「そんな慌てなくても」

意識外すぎて忘れていたものを確かめる。いくら頭から抜けていたとはいえ、今日はぞんざいにしてはくれた人に失礼だった。ひとつ取り出して残りもちらりと。箱は歪んだりヘコんだりしておらず、安堵の息を漏らす。別に隠していたつもりもないが、見えたからにはしまいなおしてもどうかと机の上にとりあえず置いた。

「何個」
「三個、ですけど」

落ち着いて向き直ると簡素な問い。いきなり何かと反応が鈍り、その間に相手がまたぽつり。

「リアルな数だな、本命か」
「知りませんよ!」
「ラッピングで分かる、手渡し?」

分析を求められても真剣に困る。包装なんてそこまでしっかり確認していないし、貰い慣れてるだろう相手の経験で語られてもどうしろというのか。

「手渡し二個で、机に一個」
「倉間くんもてるー」
「うぜえ!てかアンタのが確実にもらってんだろ!」
「そうじゃない」

あからさまな棒読みで苛立ちが勝った。思わず声を荒げれば、静かな遮り。さっきから無表情に聞いていた南沢の瞳がほんの少し変わった。

「見てる奴は見てるんだよ、」

同時に唇から漏れる音の、意味。

「お前に気付くの、俺だけでいいのに」

僅かの悔しささえ滲ませて、訴えた。
ぞく、と背筋へ走る震え。

「貰っただけ、ですよ」
「それでも」

後ろ手が机に当たって、支えを求めていることを知る。傾ぐぶんだけ相手が身を寄せ、押さえるよう手が重ねられた。
真剣な視線が、拘束する。

「俺以外の気持ちなんて、受け取らなくていい」
「な、」
「とか考えたら来てた」
「馬鹿か!!」

息を飲んだその一瞬でぎらついた光を仕舞いこみ、説明へ繋げた臆病者に一喝。
曖昧な微笑にふつふつとわきあがる怒り。

「だいたいこれで俺が獲得なかったらどうすんですか」

調子を取り戻して自虐的に呟くと、不思議そうに目を瞬く。

「ゼロはない」
「どんな確信だよ」

本気で意味が分からない、受け取るなと主張してどうしてそうなる。
舌打ちしたいレベルの鬱陶しさはしかし、重ねた手の甲を撫でる仕草と、

「常に俺から」

不意打ちの微笑みで計測不可能。
完全に固まった自分、片手の指が絡められ、口元へ運ばれるのもされるがまま。

「倉間、まだ手ぇ冷たい」
「、アンタこそ」

言いながら指に口付ける柔らかな感触、立っているのがやっとの足はいつ崩れてしまうか分からない。
渇ききった喉から必死に出す声に、甘えるみたいな相手の答え。

「うん、温めて」

もういっそ頭くらい打ってしまえばいいのにという気持ちを込めて、勢いよく南沢へと凭れ込んだ。


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