彼が見つけた方法論


初詣の人混みは伊達じゃなかった。
手袋越しに握り合う理由はまさしく命綱、気を抜くとはぐれかねない参道をじわじわ進む。
押して押されて辿り着いた賽銭箱、用意していた貨幣を投げ入れ参拝。
なんとか抜け出た帰り道、寒さに負けて甘酒を買ってちびちびと飲んだ。
微妙に舌を火傷した気もするが冷えすぎて感覚がもはやおかしい。
引こうと思っていたおみくじは人の多さで既に諦めている。どうせまた友人たちとも来るだろうし、その時に引けば十分だ。
飲み終わった紙コップを屑籠へ放り、息を吐くと僅かながら白く広がる。

「少しは温まったか」
「焼け石に水ですね」
「一口で火傷したもんなお前」

傍らの相手から容赦ない指摘。瞬間の反論をぐっと堪えて――実際に舌が痛い時点で負けしか見えない――幾らか大股に歩く。
身体ひとつぶん前に出た途端、腕が引かれて戻された。
不機嫌の乗った視線を隣へ飛ばす。

「もう、はぐれることないと思いますけど」
「家に帰るまでが初詣だろ」
「遠足かよ」

そしてアンタは引率か、まで脳内で突っ込む一連の思考。
ふ、と息で笑った先輩は静かに目を細める。

「ゆっくり歩いて時間稼ぎしてんの」
「ばっ…」

勢いで吸い込んだ空気が冷たい。

「かじゃねえの」

即行で逸らした視線はまだまだ暗い周辺を彷徨う。
満足げな声が聞こえてくる。

「途切れず照れずに言えたら迫力あったかもな」
「うぜえ」

くすくす笑う相手がいつまでもからかってきそうだったので、そういえば!と無理やり話題を振ることにした。

「何頼んだんですか」
「学業成就」

淀みなく答える内容はまさしく。

「優等生」
「基本は押さえる主義だからな」

主義の自由は結構だが広がらない話題はどうすればいいのか。
そして振ったが最後、自分にも返ることを考えていない墓穴。
俺も、と答えたところで嘘にされそうだし、そもそもこの手の誤魔化しに対する南沢の看破率は半端なかった。
お前は?の問いが落とされるまでの数秒で高速の葛藤。しぶしぶながら正直に口にする理由はこれを逃せば次に会うまでが長いからだ。

「…………南沢さんが合格しますように」

努めて平静に棒読みに近く読み上げた台詞を受けて、南沢の瞬きが止まる。

「ふ、すげえ。二倍」

くしゃりと微笑んだ顔、吐息に近い呟きはこの静けさでなければきっと聞こえないほど。
目に見えて上機嫌が上乗せされた相手が思い出したようにまた手を繋ぐ。
抗議しかけ、どうせこの暗さだと好きにさせる。

「ま、あれだ。当日の交通とか不測の事態とかそういうのを回避したい訳で」

流暢に語るのは話題の続き。涼しげな表情で覗き込む瞳。

「他の要素は神頼みじゃ情けないかな、と」

手の力が強まり、歩みも停止。
握った箇所へ愛しげな眼差しを送り、噛み締めるよう呟いた。

「要努力」

今度こそ呼吸を忘れた自分へもう一度微笑みかけ、唇が動く。

「You see?」
「あ、あいしー」

倉間一人がしっちゃかめっちゃかな混乱の中、定型文のような会話を成立させる。
咄嗟に浮かんだのは付き合って復習した成果に他ならない。

「よくできました」

空いたほうの手のひらが頭をわしゃわしゃと撫でた。


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