尊さを込めた繰り返し


年明け早朝五時、とはいっても運動部の習慣上、辛さはあまりない。
テレビのカウントダウンで新年を向かえ、遅延メールを受け取ってのあけおめことよろ。 返せるぶんだけさらっと返して早々に眠りについた。
約束の時間が早朝なのは、さすがに中学生だけで深夜出歩く許可も取りづらいからである。 冷え込む空気を感じて身を震わせ、用意し始めたところで着信あり。 表示に一瞬だけ思考が止まりかけ、通話ボタンを押した。

「おきてる?」
「起きてますよ」

早い時間だからか、ひそやかな声。
モーニングコールなんて柄でもないだろうに何なのか。
不服げに返しただけで読み取ったか知らないが、違う違うと電話の相手。

「聞きたくなった、だけ」
「は」

柔らかく、機械越しに届く言葉は揶揄もない。思わず言葉もなくすとくすくす笑う声が聞こえる。
悔しいような恥ずかしいような気持ちで口を開く。

「あ、」
「それは直接がいいから、あとでな」

遅れるなよ、とも付け加え、返事も待たず通話が終わった。
毒づきたい気持ちを手の中の携帯へ向ける。

「…なんだよあのひと」


待ち合わせは現地……からいくらか離れた道の脇。ちょうど人通りが少ない代わりに寒さも厳しい場所で邂逅を果たした。
コートにマフラー、そして手袋。中へカイロまで仕込んで完全防備でも、寒いものは寒い。
片手を上げる相手に会釈で返す。ポケットから手を出せなくても勘弁してもらおう。

「あけましておめでとうございます」
「おめでとう、今年もよろしくな」

お決まりの挨拶にお決まりの返答、そして付随したセオリーの言葉。
笑顔で向けられた文章に、胸が詰まる。

「、はい」
「なんで詰まんの」
「や、なんか、決まり文句なのわかってんですけど」

なんか、と繰り返す口はそれ以上の内容を紡げない。
動揺するのもおかしな話で、だけど掻き乱されてしまった感情はなかなか落ち着いてくれなかった。
つい俯きかけた矢先、一歩こちらへと踏み出した相手が顔を覗く。

「よろしくされたくない?」
「うっぜ、」

無理やり視線を外す。唇を噛む直前、穏やかな声がかかる。

「うーそ、会えたんだから拗ねんな」
「誰のっ」

せいだ、という言葉は飲み込まれた。思い切り顔を上げた途端、唇が重なり軽く食む感触。
固まった自分をまんまと抱き締め、頭を撫でる相手が嬉しげに笑う。

「し、んじらんね……」
「暗いし誰もいない」

掠れる文句もあっさり流す。怒りよりも衝撃が大きくてまともに反応できない。
大人しいのをいぶかしがったか、少しだけ眉を寄せ、手袋越しで頬へと触れてくる。

「機嫌直して」

不安げなトーンは卑怯だった。ぐ、と何かを飲み込んでぼそぼそ呟く。

「おこって、ませんし」
「そ?ならよかった」

ふわり、簡単に浮かぶ笑顔。そう、この男はこんなところだけ無駄に単純だ。
いいから離せと腕を振り解き、ようやく初詣へ向かう目的を思い出す。
残念そうに肩を竦めた相手を黙殺し、足早に歩くと追いかけるように着いてきた。その事さえも胸に来るのがひどく悔しい。
並んだタイミングで足を止め、無造作に手を握った。防寒具同士は意外と掴みにくい。
驚いた様子で自分を見る相手には向き直らず、前を見たまま早口で言う。

「今年も、よろしくおねがいします」

握った手が引かれて持ち上がり、何かと視線をやれば恭しく口付けが落ちる。

「手袋で残念、あとでもっかいな」
「っ、」

ぱくぱく動かす唇からは白い息。満足そうに微笑んだ南沢が改めて自分を先導する。
腹が立つので痛いくらい握り返しておいた。


戻る