起きろよ、生きろよ


知られていない時はそれはそれで大変だった、精神的な意味で。
週末といえば誰もが待ち望むハッピーホリデー、羽を伸ばして心を休める大切な時間。
もちろん、日本も休日を全力で楽しんでいる。主に趣味、そう、いつでも全力で挑む趣味で、だ。
会議の後に誘われる食事や打ち上げ、たまに入る遊びの誘いを申し訳なさそうに断るのはイギリス相手に限ったことではない。 だがしかし、間の悪さは天性のものなのかやけにイギリスとの予定が噛み合わなかった。
そんなに忙しいのかと落ち込む前に気遣ってみせる紳士ぶりに罪悪感と嬉しさを覚えつつ、日本は幾度か切り抜けていた。実は裏で物凄くどこぞのヒーロー大好き国に愚痴っていた挙句に「イベントなんだから仕方ないよ!」とあっさりバラされた事実を知ったのはよりによって世界会議での集まりだった。
その時の微妙すぎる空気を日本はきっと忘れない。

オタク大国の片鱗は随分と前から各国の知るところであったとはいえ、それほど入れ込んでいない国は実情を知らない。 日本の文化を風流だ粋だと喜んだ笑顔を見てからどのくらいだろう――自分に対して紳士でいようとするイギリスはむしろ面白いなどと誰かに言われてしまったがなんのことはない、あの頃は日本も大概ええかっこっしいだったのだ。たとえ薄皮一枚剥けば見えてしまうものだったとしても。

そして事情が通じてしまったからにはいっそ開き直るのが当然の成り行きというものである。

「お前……エンジョイしてるにも程があるぞ…」

疲れたように呟くふりをしてちらり走らせてきた相手の視線からさっと目を逸らす。

今日は久々になんの予定もない休日だった。
朝早く起きて家事を済ませて縁側でお茶を飲みほっと一息――まったり過ごす昼間に訪れた相手がイギリスとあれば笑顔で迎えないはずもない。 玄関前で手土産片手にきっちりと佇む相手を見て、口元が自然に綻んだ。
近くに来たついでと言うわりには厳選された一品であることに突っ込みを入れるほど野暮ではなく、心ばかりのお礼に紅茶を振舞った。 随分上手くなったと微笑む様子に、凝り性である自分を誇らしく思う。 面映いようなこそばゆいようなひとときを過ごし、そういえばと口にしたイギリスの言葉からスイッチの切り替わる音がした。

あー、その、すみません。短く繰り返される返答に的確に事態を把握したイギリスは前述の台詞を述べたのである。
もっともだ。確かに一ヶ月のうち三週を潰すのは冷静に考えて馬鹿だと思うのだが、集中する時は集中してしまうものなのだ。 元々決まっていたのが一件、誘われて浮上したのが一件、突発で自分で決めたのが一件、あれよあれよと予定は埋まった。
要するに、イギリスはまたタイミングが悪かった、それはもうべらぼうに。

「……俺のこと迷惑なんだろ」

気まずい沈黙の中、放たれたひと言に日本の思考はついていかなかった。

「え?はい?」
「迷惑なんだろ」

繰り返される自虐を正しく認識するより早く、紳士の卑屈ゲージは振り切った。

「俺のせいで楽しみに使いたい時間を浪費させて悪かったな!お前は優しいから断る罪悪感も凄かっただろうよ!」
「いやいやいやいや、ちょっと待ってくださいイギリスさん、話が飛躍しすぎです」

突如爆発した自棄の方向性が予想外すぎて慌てて手を振り止めに入る。
だがイギリスは拗ねた目で日本をギッと睨みつけ、とんでもない台詞を吐いた。

「二次元理解しきれなくて乗れなくて悪かったな!分かる奴と話した方がお前も楽しいだろ」
「いえ付き合い方は人それぞれですし、イギリスさんにそれを望んでは……」

よりによってそのポイントで亀裂を生じさせなくてもいいだろうに、最近同じ趣味で語り合う機会の多い他国に気を悪くしていたのが丸分かりだ。
ぎゃいぎゃいわあわあ生産性のない口論を飛ばして数分、いい加減腹に据えかねて厳然たる事実を突きつけた。

「半年前から予定が入るとかざらなんですから仕方ないじゃないですか!」
「じゃあ今日は帰らないからな!」

なんとも残念な開き直りに被せてきたのは、脈絡のない宣言であった。

「え?」

叫んだ体勢のまま中途半端にフリーズしてしまった日本の両手首を掴み、眉尻を下げて項垂れるようにイギリスは請う。

「少しくらい、時間、寄越せよ……俺ばっかりお前に会いたいみたいじゃないか」
「そ、んなことは」
「ある」

突然懇願へとシフトされ、ぶつけられる感情にくらり、思考が追いつかない。
遅れて届いた言葉の意味は動揺を誘うのに十分で、答えきる前に遮られてしまった。
掴まれた手に少しだけ力が加わり、伝わる体温が心を揺さ振る。

「紳士じゃないとかそんなこと言われたって俺はひかないからな!お前が頷くまで頑張ったんだ、ずっと頑張ったんだ。だってお前が俺を気に入る保障なんて、どこにもなかった」

吐露される本音は矢継ぎ早、瞳を逸らさず注ぎ込まれたそれは一言一句残らず胸に染み渡る。
貴方がそれを言うのだろうか、まさかそんなことを。僅か開いた唇は、結局何も紡ぐことなく引き結ぶ。
通じ合ったと思っても、すぐに不安になるのはかの国も同じ。そのことが酷く、嬉しかった。

「俺のことも、もう少し見ろよ…」

さっきまでの強い口調はどこへやら、縋るような声で呟いて、ぽふりと肩に額が乗る。
瞬間、日本の思考は真っ白になった。

これは卑怯だ、卑怯という他にない。なんて連続ヒットで改心の一撃!
この元海賊英国紳士はどれだけ己を虜にすれば気が済むのだろう。
手を取り合ったその日から、注ぐ感情は変わらないというのに。否、大きさも深さもどんどん取り返しがつかなくなるばかりだ。
押して押して押して押してひく、見事なツンデレーション、言語崩壊もご勘弁頂きたい。

要するに、とてつもなく萌えた。

言われたことに頬を染めるだの感動して抱きつくだの選択肢は色々あるはずなのに、全てスルーして間違った本能でキャッチしてしまい、さすがに日本も動けない。
「情けねぇ…」と耳元で零される追加攻撃を耐えるのにも多大な努力を必要とした。

甘い雰囲気を獲得できるかどうかは次の行動にかかっている。


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