あたためでお願いします 「ジューンブライドとか色々盛り上げてはいますけどね、このじめじめ感はもはや殺意が沸き起こるんですよ」 重々しく苦々しげに吐き出された感想に、そうか、と答える以外の術をイギリスは見つけることができなかった。 自国も雨量は多い、だから雨に対する気持ちはそう分からなくもないのだが、日本の場合は少し事情が違う。 梅雨前線のもたらすこの時期の気候は独特の湿気の多さと夏に向けた気温を併せ持ってとにかく過ごし辛いのだ。 特に日本が居を構えている地域は山に囲まれたいわゆる盆地というやつで、体感温度はプラス二度ときている。 六月の予定を聞いたときの微妙な空気の意味をようやく理解し、そして後悔した。 「こういう時期はその、どうやって過ごしてるんだ?」 「クーラーのドライや除湿機に頼って、なるべく外に出ません」 「どんだけ嫌なんだよ!出不精ってレベルじゃないだろそれ!」 かつ不健康だ、と付け加えるイギリスに対し日本は即答する。 「私の引きこもり暦を舐めないでくださいよ。200年鎖国してたくらいなんですから」 「それは胸を張ることなのか!?」 むしろ頼もしげにさえ響くインドア宣言に紳士を忘れて力の限り指摘した。 はっと気付いて声を荒げた気恥ずかしさから居住まいを正すイギリスに、僅か瞬いて日本が呟く。 「イギリスさんはなかなかにツッコミ属性ですね」 ふむ、とまるで他人事のように感想を述べる相手は一体なんなのだろう。 脱力と更なるツッコミが相まってわなわな肩を震わせながら、かろうじて言葉を口にする。 「お前、ふざけてるのか真面目なのかどっちなんだ…!」 「自然体です」 先ほどまでの勢いはどこへやら、さらり返してくる日本のことがイギリスは本気で分からない。 これもカルチャーショックってやつなのか、自分の精神鍛錬が足りないのか。 理解の限度に達してしまい、今度こそ本当に脱力した。 その様子に、少しからかいすぎた感のある日本は表情に出さず心中で苦笑し、淹れ直したお茶をそっと差し出す。 喉が渇いていたことに気付いたイギリスは大人しく日本茶を口に含み―― 啜るという文化は自国にはないが、そうしないと飲めない温度の茶であるのは分かっているので最近は習うことにしている―― ゆっくりと息をついた。 「でもあれだよな、お前それでもイベントごととかは絶対スルーしないよな……」 祭は勿論、特に趣味。言外に滲ませたものをかわさず汲み取って日本は頷いた。 「オタクは自分の優先順位に基づいて動くんです。自分が楽しむ為の労力は惜しみませんよ」 空気を読む能力を発揮してくれるのは嬉しいが、この場合はいっそ流してくれた方がありがたかった気がする。 当たり前のように言い切った極東の島国が眩しい、色んな意味で眩しすぎて涙が出そうだ。 ミステリアスとかじゃなくて意味不明だ、どうしろってんだ。 「悪かったよ、動きたくもない時期に相手させて……」 いよいよ本気で落ち込んで、どんよりオーラを漂わせ始めたイギリスを見て、日本は何事かと口を開く。 「そりゃあ、イギリスさんとの約束でしょう?当たり前じゃありませんか」 淀みなく言い放たれた台詞の意味を、告げた本人は深く考えていなかった。 ――自分が楽しむ為の労力は惜しみませんよ。 日本にしてみれば、約束を違えないという律儀な性格の一端なのかもしれない。 しかし、それでも殺意が沸くほどの時期に自分の為に時間を空けてくれたのは紛れもない事実であり、イギリスにはそれだけで十分だった。 一気に顔を染め上げ、べべべべつに楽しみにしてなかったわけじゃないんだからな!だの口走り始めたイギリスに、日本はただただ首を傾げる。 「おかしな人ですね」 |