過剰だからこその


「ロマーノは可愛すぎると思う」

曇りのない真っ直ぐな瞳なのが逆に救いがないとはどういうことだろうか。
向かい合って座る相手のただならぬ様子に軽く頬を引きつらせ、フランスはかろうじて声を出した。

「それを俺に真顔で言ってくるお前にお兄さんはびっくりだよ。え、何これ、もしかしなくても相談てやつ?うわあ凄く聞きたくない」
「ええやん聞いてーや、聞いてー聞いたってー。俺もうどうしたらいいかわからんもーん」

感想と脳内自己分析とあからさまな拒否を一度に示したものの、それで弾けるようなら苦労はしない。
瞬間、相好を崩したスペインがさっきと同一人物とは思えない表情でごろごろと机にしなだれかかる。
どこの駄々っ子なのか問い詰めたい衝動に駆られる情熱の国との付き合いは浅くもないのが悩みの種だ。これが日常のノリなら、よーしお兄さん頑張っちゃうぞーくらいは言ったはず。だがしかし。

「普段ならハアハアしてもいいところだが議題的に無理だ」
「いやハアハアはせんでええて」
「なんでそういうとこ素に戻るんだよ」

至極真面目に返したら予想外に冷たい声が返ってきたので思わず突っ込み返した自分は悪くないとフランスは思う。 そんなフランスをさておいて再び机でごろごろし始めたスペインに溜息をつきつつ、観念して先を促してみる。

「だってロマーノかわええやろ?」

要領を得ない答えが心底うざい。この男は長く過ごした元支配国のこととなると色んな意味で拍車がかかって困る。 そこに疲れていたら話も進まないし自分も解放されないのでとりあえずは話を続けた。

「まあそうだな、昔の可愛さもさることながら成長したアイツの美人具合はなかなかっていうかすましてる感じが色々とそそるというか…」

幾度となく狙った身でもあるからして、同意するのは簡単だ。月日の流れをしみじみと感じつつ口にしたところ、早々に遮られた。
ダン!と机を殴る音に視線を向ければ明らかに笑っていないスペインの顔。

「妄想禁止。ロマーノを汚すな、いてこますぞ」
「お前なにがしたいの!?」

こいつは駄目だ。本当に駄目だ。わかってはいたけど相当に駄目だ。
盛大に溜息を尽くフランスの前で、表情を戻したスペインがまたグダグダくだをまく。

「俺じゃなかったら怒ってるよ?寛大なお兄さんもそろそろキレるところだよこれ」
「あぁー……ロマーノに会いたい」

人の発言ガン無視で要望を垂れ流しにしている男にいえる言葉はただひとつ。

「会えば?」

それしかない、それしか言えない。ここまで壊れているのが何よりの証拠。
いつも会話がぶっ飛びやすくとも、成立しない相手ではなかった。
もはや日常生活に支障をきたしている時点でつべこべ言わずに解決してしまえばいいのだ。

「あかーん!」

だがしかし、がばり飛び起きて叫んだのは、またなんとも意味不明なことだった。

「俺いま自分にロマ禁止令課しとんねん!」
「……は?」

くわっ!まさにそんな効果音が相応しいオーラを放って説明した内容を要約すれば、 いつまでも自分が気にしていてはロマーノにもよくない、とかいうような話で。

「独立したんは寂しいけどイタちゃんと頑張る言うしそこはがっつり見送ったで親分やからな! イタちゃんもようやく二人一緒でごっつ嬉しそうやし、しばらくは二人の時間が大切かなとか俺も思うわけで」

以下延々と繰り返される、でもでもだっての自分語りに割合付き合ったフランスは己の寛容さを表彰したい気持ちになった。 そもそも禁止令とかなんだ、ネタなのか、限りないネタなのか。
すこぶる生温いものがこみ上げてくるのを堪え、笑顔で結論を言う。

「でも寂しさに耐え切れず俺に愚痴ったと」
「うん」
「帰れよ」

華麗にぶった切る発言をかまし、我慢の限界とばかりにフランスは立ち上がる。

「っていうか俺が帰るよ!なんでちょっとワイン宣伝しにきただけで捕まってんの?おかしくない?超おかしくない?!」
「だめー!帰らんといて!いま一人になったらものごっつヘコむ!泣く!」
「もう泣いちゃえよ!いっそスッキリするって!」

素早く移動してすがり付いてくる涙目の元太陽の沈まない国、正直痛い。
ひっぺがそうとかなり本気の攻防戦を行うこと数分。ぜーはー息をするフランスの前でよよよとまたもや机にしなだれかかって本格的に愚痴りだす。

「だって、だってこんなんやっぱ鬱陶しいやんか……一度はスッキリ見送っておいて寂しいとかどのツラさげんねん。 あほやで。ちょっとやそっとのアホやない、ほんまもんのアホや」

テンション急降下、尋常じゃない落ち込みっぷりにさすがに放置するのも後味悪く、声をかけようと思ったのをフランスは即座に後悔する。

「こんなんやったら一緒におる時にもっと可愛がっとったらよかったー!!」
「いやお前は可愛がりすぎだったって、むしろ引くレベルだって現在進行形で」

心からの叫びを部屋に響き渡るくらいぶちまけたスペインは、冷静な意見をやはり一蹴しいよいよ本気で駄々っ子のように声を上げだした。

「ロマおらんと無理、俺無理。会議でもイタちゃんしか来ぉへん時あるしー!寂しい!めっちゃ寂しい!」

ぎゃーぎゃーわーわー、そんな擬音で表現するのも憚られる惨状に目も当てられない。
二回目の重く深い溜息を吐き出して、フランスは後方へとさじを投げた。

「だそうですがどうよ?当事者のロマーノくん」
「へっ」

先ほどから連呼している名前が本当に呼びかけに使われた違和感で我に返ると、フランスの向こう、扉のすぐそこ、 尋常じゃなく真っ赤な顔でぷるぷるしているロマーノがそこにいた。

「え、ちょ、ま、」

己の視界、羞恥と怒りで震えるのは、間違いなく本物である。

「このくそばかスペインどちくしょうこのやろおおおおおおおおお!!」
「どこから聞いとったんロマーノォオおおおおおおお!!」

一瞬で青褪めて叫んだスペインとロマーノの罵倒が重なった。

「ロマーノに会いたい、あたりかな」

ぽつり、フランスが解説してくれた答えがありがたすぎてスペインはリアルに泣きたくなる。

「ほぼ全部やん!お前どんだけ人でなしや!教えとけよ!!」
「俺は帰ろうとしてた!かなり頑張ってた!」

完全な八つ当たりに対し無罪の主張をするのは何度目か。 テンパる相手が動けないうちに、すすすと入り口に非難していたフランスが、安全圏についてから今日一番の笑顔でつきつける。

「まあそんな訳で馬に蹴られたくないからお兄さんは帰るねー。ごきげんようごゆっくり〜」

パタン。軽い音を立てて扉が閉まる。落ちる沈黙、気まずい雰囲気。
おそるおそる目を向けた先では、ふるふると睨みつける渇望しまくっていたずばり本人様。
ギン!とひときわ強く睨んだロマーノが、怖い表情のままズンズン距離を詰めてスペインに寄ってくる。

「あ、ロ、ロマ、怒らんといて、違うねん、いや何も違うくはないねんけどな?俺もちょっと魔が差したゆーか…」

両手をわたわた振りながら、しどろもどろに呼びかける間も足は止まらず、振り上げられた手に反射的に目を瞑った。
べちんっ。間抜けな音を立てて訪れた痛みに、頭をはたかれたのだと気付く。

「あいたっ」

痛いは痛いが予想していた拳ではなく少し不思議に思って目を開けた。
とことん不機嫌です、そう顔に書いてある怒れる子分は低い声でむすっと言う。

「魔が差さなきゃ言わねーのかよ」
「え、突っ込むところそこー?ていうかロマーノなんでうちに…」

本気の雷を覚悟したところで拍子抜け、思わず口をついて出た感想に疑問を乗せて返す前、差し出された紙袋が二人の間を遮る。
何かと訪ねるより早くロマーノが喋りだす。

「バカ弟がお前におすそ分けだって色々持たせてきてな、どうせ気を使ったんだろバレバレのことしやがってあのバカ」

バカから始まってバカで終わる発言に理解が追いつかない。机に袋を乱暴に放ったロマーノは相変わらず不機嫌なまま。

「なんだよ他に言うことはどうした。さっきまでべらっべら喋ってたじゃねーか」
「いや、えーと、うん…なんか、ごめんな?」

かろうじて出した謝罪の言葉がロマーノの眉を跳ね上げさせた。
ああまた怒らせてしまった、長い付き合いながら相手の怒りのツボが未だにさっぱりわからない。
今日はもう殴られても罵られても弁解する気力もないし、思考が働かないのだ。
申し訳なさげに微笑むスペインにますます目つきを鋭くさせて、ロマーノが一歩詰め寄った。

「自分だけがとか思うなよちくしょうが」

搾り出されるその声に含まれるものはなんだろう、ひっかかりに意識を取られたと同時、胸元の紐をぐいっと引っ張られる。
かかる圧迫感、たたらを踏んで合わせられた瞳に移るのはなんとも間の抜けた己の顔。

「お前に会いたくて、悪いか!」

やけくその如く言い放たれたのは最強兵器。
数秒の間を置いて理解したスペインは、動揺して無様にこけた。

咄嗟にロマーノを抱きしめて庇ったあたりはさすが、とは後日談を聞いた友人の発言である。


戻る